沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

【告知】縦読みマンガ『深海DINER』第1話を配信しました。

突然ですが『深海DINER』という縦読みマンガを描きました。その名の通り深海にダイナーができるお話で、程よくサイエンス&ほんのり物騒な深海生物ファンタジーです。第1話をAmazonの縦読みマンガサービス「Fliptoon」にて公開しました(Amazonアカウントがあれば誰でも読めます)。ぜひいらっしゃいませ!

『深海DINER』作品ページはこちら

『深海DINER』第1話はこちら

ちょっとだけ製作話

そもそもなんで急に縦読みマンガなんて描いたの?という話ですが、もともと縦読みマンガは私けっこう作風的に相性いいんじゃね?とか(一切かいたことないけど)思っていて気になっていたところ、最近amazonが縦読みマンガのサービス(Fliptoon)を始めたというのを知りまして。

ひとまず図解を縦読み形式にして「いきものニューストゥーン」としてシリーズ化したりしてみたり↓。いつも作ってる図解のスマホ読みに特化したバージョンとして、けっこう良い経験になりました。スマホ時代に適応していきたい…

numagasablog.com

さらに今Amazonが「Amazon Fliptoon 縦読みマンガ大賞」というコンテストをやっていまして。賞金総額もかなりデカイことだし、せっかくならなんか出してみっか〜と思って、とりあえず先述の「いきものニューストゥーン」で応募してみたのですが…。冷静に考えるとマンガではないし、応募規約にも微妙にそぐわないかも?(よそでアップした作品の再利用は不可らしいので…どこまでが再利用になるかにもよるけど)っていう。どうせだしイチから作るか〜、でもちょうどいい話が思いつかんな〜…と時間は過ぎていきました。

そうこうしていたら、3月末くらいに突然『深海DINER』のアイディアがなんかふっと湧いたので、「ギリ間に合うかも…?」と大急ぎで作ったというわけです。こういうストーリーのあるオリジナル長編(?)マンガはまじで一切描いたことがないので、だいぶ大変ではありましたが、運良く大きめの仕事を前もって一段落つけていたので、ここ一月くらいは本作の製作に集中できました。Fliptoon大賞の応募要件である「3話」もクリアできそう。(まぁ要件的には1話20コマ以上でいいらしいので本来こんな気合い入れて1話に詰め込む必要はないはずなんですが…)

そんな『深海DINER』、最初は擬人化とかなく純然たる生物ネタだったはずが、気づけば趣味度が増し(百合や生物暴力など)、たいへん楽しく描きました…てか描いています。今のところ4話まで(大体)できており、4月中を目処にアップできればと思います。その先はFliptoon大賞の結果次第ですかね…(もし特に受賞とかできなくても趣味的に続けていきたいとは思いますが)。読者の皆さんの反応(閲覧数やいいね数など)も選考基準になるとのことなので、面白ければ&続きが読みたいということでしたら、"いいね"等してもらえると嬉しいです! では続きをお楽しみに〜

作品はこちら↓

https://www.amazon.co.jp/dp/B0D29SN6N9?ref=cm_sw_tw_r_wcm_sd_rwt_YzZzlWNDzXeWDhttps://www.amazon.co.jp/dp/B0D29SN6N9?ref=cm_sw_tw_r_wcm_sd_rwt_YzZzlWNDzXeWD#

NTLive『ディア・イングランド』短め感想&レビュー

NTLive『ディア・イングランド』を観てきたが(シネ・リーブル池袋)とても面白かった。短めに感想&レビューを書いておく。

なんかここ数年くらいブログに、変に気合い入れた1万字とかの文章ばかり書いている気がして、書く方も読む方もたいへんなので、もう少しフットワーク軽く、Twitterの感想まとめ&メモ代わりにブログを使いたい思いが常々あり。ていうか本来はブログってそういうもののはずが…。なるべく2千字くらいでまとめたい。

www.ntlive.jp

『ディア・イングランド』の主人公はサッカーのイングランド代表の監督で、現役時代(96年のドイツ戦)に大一番のPKに失敗した傷を抱えている。そんな彼が、従来的な意味での「強さ」に縛られない、新たなイングランド代表を作るために奮闘する…という物語。

てっきりフィクションかと思ってたが、普通に実話ベースだったということに観てから気づくのだった。主人公のガレス・サウスゲートも実在のサッカー監督。有名人のようだがスポーツへの理解が低いので全然知らなかった。

ja.wikipedia.org

イギリスの最新演劇を映画館で観ることができる素晴らしき企画「NTLive(ナショナルシアターライブ)」はたいてい面白いので、毎回ほぼ必ず行っているが、今回の『ディア・イングランド』は特に初心者にもオススメしやすい一本だなと感じる。

「PKの失敗」というトラウマを軸にした、誰が見ても面白さがわかりやすい明快なエンタメ性と、成果主義やレイシズムといったスポーツの問題点を通じた重厚な社会的テーマ性を両立した作品で、かつ「サッカーの試合を描く話とか、演劇でできるんだな…」という意外性もバッチリなので、初のNTLiveにもぴったりと思う。

NTLiveでやるような現代劇の中でも、描かれる出来事がごく最近というのもオススメしやすい点で、先述したように実際のサッカーイベントが元になっているため、サッカー詳しい人は私より楽しめるはず。まぁ逆に私は(本作で描かれる)18年や22年のW杯の結果すらウロ覚えだったので逆にハラハラできたのだが…。

本作『ディア・イングランド』、英国サッカーが舞台であること、従来的なマッチョイズムへの懐疑や抵抗、とりわけ男性のメンタルケアに焦点を当てている点、そうしたテーマ性をあえて成果主義やマッチョさが究極に幅をきかせる「男性スポーツ界」でやるという革新性は、やはりドラマ『テッド・ラッソ』を連想する。

t.co

↓前に書いたAppleTV+オススメ記事でも『テッド・ラッソ』は強めに推薦した。

numagasablog.com

私もW杯とか見てて、せっかく盛り上がった試合がPKで誰か失敗して終わる…みたいな展開を見ると(他に決着のつけようがないので仕方ないとは言え)「なんだか残酷でイヤだなぁ」と思っていたわけだが、失敗した人にのしかかる異常で過剰な重圧にこういう形でスポットライトを当てることは新鮮だったし「だよね」と思う部分も。そもそもPKのルール上、100%誰かしらは「失敗」して終わるんだから責めるのはおかしいだろ!と素人的にも思うわけだが…。

劇中で「今のイングランドに必要なのは、勝ち方ではなく、負け方よ」的な良い台詞があったが、「失敗」や「敗北」に(当事者だけでなく)周囲や社会がどう向き合うか…というのは重要だし、それを「結果が全て」なスポーツを通じて描くのは面白い試みだと思う。(そういや直近でも『ネクスト・ゴール・ウィンズ』があったな。)

『ディア・イングランド』でも『テッド・ラッソ』でも共通して描かれる深刻な社会問題として、サッカー業界のレイシズム(人種差別)がある。アフリカ系やラテン系の人々をはじめ、多くのマイノリティがすでに欧州プロリーグで活躍しているわけだが、うまく行っているときはまぁいいんだけど、(たとえば試合でのミスやPK失敗のような)負の出来事をきっかけにして、人々のレイシズムが怪物のように顔を出すっていう。

ちょうど『ディア・イングランド』みた翌日に、現実の欧州サッカーでの人種差別がニュースになっていた↓(日本でも同様の事件は聞くけど)。

t.co

レイシズムがマイノリティの選手にプレッシャーを与えてパフォーマンスを低下させ、それがまた苛烈で差別的なバッシングの引き金になり…という最悪スパイラルは『ディア・イングランド』の中で、演劇の肉体性を活かした鮮烈な形で表現されていた。ちょっと見ていられないような緊迫感と絶望をひしひし体感させる凄いシーンだった…。

そんな現状を看過できない主人公やチームメイトは、人種差別反対を公言することになるんだけど、そんな当然の言動をしただけで「スポーツに政治を持ち込むな」「サッカーだけしてろ」的なことを(イギリスでさえ)言われるんだなっていう、いやな既視感がある。しかしそうした苦闘を経て、スポーツの場を活かして差別反対を訴えるアクションが巻き起こる、ひとつのきっかけを作ったという点で、重要な出来事でもあったようだ。イングランドサッカーの行き先というのを超えて、あらゆる意味で現在進行系の出来事を描いた現代劇として、とても見ごたえがあった。

そんな感じで短めにまとめてみたが、とてもオススメできる演劇作品。NTLiveはわりとすぐ終わっちゃうので近くでやってたらぜひ駆けつけてください。

カモの晴れ舞台ですわ。『FLY!/フライ!』感想&レビュー(byカルガモ令嬢カモミール)

ごきげんよう、わたくしはカルガモ令嬢の「カモミール」ですわ。カルガモ令嬢とはいったい…?と訝しんでいる貴方は、以下↓をご参照くださいませ。

numagasablog.com

 

なぜ高貴なるわたくしが、庶民のブログの映画レビューにわざわざ出向いたのか…? 何を隠そう、このたび待望のカモ映画『FLY!/フライ!』が公開されたからですわ。

fly-movie.jp

カモは人間にとってたいへん身近な野鳥ですが、物語の主人公になることはめったにありませんわよね。そんな中、カモの一家の「渡り」を描くアニメ映画『FLY!/フライ!』が公開されると知り、わたくしも羽折り数えて待ちわびていましたわ。

www.youtube.com

 

 

鳥アニメ多しといえど…

鳥をフィーチャーしたアニメーション作品には、それなりに長い歴史があるんですの。古典としては、宮崎駿にも大きく影響を与えた、ポール・グリモー『王と鳥(やぶにらみの暴君)』が有名ですわね。

王と鳥

王と鳥

  • ピエール・ブラッスール
Amazon

アニメーション技術の発展に伴って鳥の表現も大幅に進歩していき、ピクサーの短編CGアニメ『ひな鳥の冒険』では、ミユビシギの動きを信じがたい細やかにアニメで再現していました。めちゃカワですわね。

www.disneyplus.com

フクロウを主役にしたフランスの2Dアニメ長編『シュームの大冒険』も、リアルタッチと可愛さのバランスが素晴らしい出来栄えでしたわ。配信などで気軽に見られるといいのですけれど…。

もっとカジュアルな作品でも、鳥が主役の長編CGアニメといえば『コウノトリ大作戦!』なんかも記憶に新しいですわね。

自分をネズミと思い込んでいるコマドリを主人公にした、アードマンのアニメ『ことりのロビン』も凶悪なまでにカワイイ作品でしたわ…。

www.netflix.com

そして日本でも、まさかのアオサギを大フューチャーした『君たちはどう生きるか』が鳥界を震撼させたばかりですわね。『The Boy and the Heron(少年とサギ)』という英語タイトルで海外公開されて、先日アカデミー賞も取りましたし、世界中のサギファンは大歓喜でしょうね。インコ好きの皆さんは多少怒っていましたが…。

numagasablog.com

文化を愛する高貴なカルガモの一員として、わたくしもこうした鳥アニメの良作を楽しんでいましたが、「いつになったらカモがフィーチャーされるんですの?」と、煮えたぎる紅茶のごとく業を煮やしていたのは否めません。鳥のキャラクターにもダイバーシティを求めたいところですわね…。

とはいえ最近は、ゲーム『ポケットモンスター』新作の最初にもらえる3匹、いわゆる「御三家」にカモのポケモン「クワッス」が選ばれたりもして(↓こちらの記事で詳しく語られていますわ)、ひそかにカモの夜明けが訪れつつあったとは言えますけれど…。

bunshun.jp

 

そんな中、ついに正真正銘のカモ映画『FLY!/フライ!』が公開されるとくれば、初日に駆けつけざるをえませんわ。すでに3月中盤で、お友達の鴨々(かもがも)がだんだん北に渡り始めてちょっぴり寂しかっただけに、良いタイミングとなりました。「渡りに船」ならぬ「渡りにカモ」と言ったところかしら…。

 

カルガモ令嬢が見る『FLY!/フライ!』のカモ描写

というわけでさっそく『FLY!/フライ!』を、カモ視点でレビューしていきたいと思いますわ。(作品のネタバレは控えめにしておきますが、内容に触れる場合は注意表示を出しますわね。)

まず、本作の主人公となるカモは「マガモ」という種類のカモですわ。『FLY!/フライ!』はアメリカで作られたアメリカが舞台の映画ですが、このカモはきっと日本のみなさんもよく目にしているカモしれませんわね。というのもマガモは北米だけでなく、日本を含むユーラシア北部にも広く生息するカモなのです。

カモの絵文字を打ち込むとマガモのイラストが表示されることが多いようですし(機種にもよりますが)、マガモは世界的にも「THE・カモ」とでも呼ぶべき、カモの代名詞的な存在と言えますわね。カルガモとしてはちょっぴり悔しいですけれど…。

『FLY!/フライ!』の主人公・マックや息子・ダックスのように、マガモのオスは綺麗な緑色の頭、黄色いくちばし、首の白いリング…という鮮やかな色彩を有していますわ。本作のパムのように、メスはちょっぴり地味なブラウンなので、あまりカモを見慣れない方は、わたくしカルガモと区別がつきにくいカモしれませんわね。

ちなみに子ガモとなると、カルガモとマガモはとてもよく似ているので、さらに見分けにくいですわ! マガモの子は、本作のグウェンのようにくちばしの色が黒いので、カルガモのひな(くちばしの先端が黄色い)と見分ける際はそこに注目しましょう。

 

こうしたマガモの一家が、アメリカ・ニューイングランド州の小さな池で、天敵の恐怖に怯えながらも楽しく暮らしていましたが、ひょんなことから初めての「渡り」にトライ!というのが本作のざっくりあらすじです。

ところでカモが空を飛ぶ映画で『FLY!/フライ!』とはずいぶんなド直球タイトルですわね、と思いましたけれど、英語の原題は「Migration(渡り)」なので、こっちもこっちで直球ですわね。子ども向けアニメのタイトルになるくらいだし、アメリカではMigrationという単語がかなり普通に人口に膾炙しているのかしら…。「国境を超えた人間の移住」を表すImmigrationと違って、Migrationは人間や動物の「移動」をより広く表す言葉ですわ。

人間には普通「渡り」の習慣はない(ある人もいるカモですが…)と思いますので一応説明しておきますと、鳥たちは繁殖や越冬を目的に、異なる生息地の間で季節ごとに移動をする行動…つまり「渡り」を行うのですわ。こうした鳥が「渡り鳥」と呼ばれ、鳥類の約40%に相当すると言われています。日本でも様々な鳥たちが、どの季節にやってくるかによって、「夏鳥」「冬鳥」などと分類されていますね。なお、マガモは日本では「冬鳥」…つまり冬に渡ってくる鳥として知られています。

そして残り60%の「渡り」をしない鳥は、一年中同じ生息地で生きているのです。スズメやハトなどの身近な野鳥を筆頭に、渡りをしない鳥も沢山いますし、こうした鳥は「留鳥」と呼ばれます。かくいうわたくしカルガモも、渡りをしない「留鳥」カモの代表格なのですわ。日本の皆さんは、素敵な鳥に一年中会えて幸せですわね。

マガモは一般的には渡りをする鳥なのですが、本作のマガモファミリーは、どうやら一度も渡りをしたことがないようです。マガモの中では変わり者と言えそうですわね。とはいえ、実は現実のマガモも、みんながみんな渡りをするわけではありません。現に日本でも、北海道など一部地域では、冬になっても渡りをせずに繁殖するカモたちも多く見られるようですし…。

こうしたカモたちは、なにも本作のマックのように怯えていたり、出不精だったりするわけではありません(たぶん)。地域によっては冬になっても十分にエサが確保できる場合、わざわざ渡りをするメリットが少ないという合理的判断もあるのでしょうね。

また気候変動が進む中、カモたちの移動パターンに変化が起きているようで、まさに本作のマックたちのように「いいか、渡りなんかしなくても…」と「定住」派に鞍替えしてしまうカモもいるようです(本作の製作者であるクリス・メリダンドリもこうしたニュースでカモに興味を持ったとのこと)。同じ種の中でも行動に多様性が見られることを描いている点では、本作のマガモ描写は科学的に正確と言えるカモしれませんわね。

今回、そうした科学的な事実と、全年齢向けアニメとしての「嘘」=ファンタジーの部分の兼ね合いをどうするのかしら?と、カモとして注目していたのですが、そのバランス感覚が現れているのは、カモたちのキャラクターデザインですわ。

主人公のカモ一家のデザインを見ても、おおむね実際のマガモの色合いや体格、美しい翼鏡(よっきょう:カモ類の次列風切の部分で青や緑など綺麗な光沢をもつ)といったポイントを巧みに再現しながらも、ちょっとずつ「嘘」を混ぜることで、アニメ的に親しみやすいキャラクターを作り上げていますわ。一例としては、マガモには本作のマックやダックスのように、ぴょんと伸びる頭の「寝癖」のような冠羽はありませんが、「あったほうが可愛いよね」と判断したのでしょう。

くちばしに関しても、ちょっとした「嘘」に気づきますわね。現実のマガモのオスのくちばしの先端には黒いもようがあるのですが、なぜか省略されていました(アオサギのくちばしの先端に、実際にはない赤色を追加した『君たちはどう生きるか』と対象的ですわね)。また、現実のマガモのメスのくちばしは橙と黒が入り混じった色合いですが、パムのくちばしは黒一色にシンプル化されていましたわね。

本作に登場する(マガモ以外の)他のカモの描写もなかなか興味深かったですわ。序盤でマックたちが住む池にやってくる、青い頭のカモはどなたかしら…?と思って調べたのですが、実は本国の鳥好きの間でもはっきりとした答えは出ていないようです。ブルーの背中と冠羽をもつ点から判断すると、アメリカオシ(Wood duck)が有力のようですが、本当にそうならデフォルメとしてはかなり大胆…というかほぼ別物と言えますわね。顔や胸の複雑な模様をばっさりカットしてるわけですから…。

en.wikipedia.org

わたくしカモとしてはせっかくなら(マガモと同じくらいの)最低限のデフォルメ感で、実在するカモの姿を描いてほしかった気もしますが、あえて非常にシンプルな色合いの「準リアル」なカモを作り出すことで、観客が視覚的に混乱することを避けたのカモ…?と思うと、思い切りの良さも感じますわ。

こうした「リアル」と「ファンタジー」を柔軟に行き来する姿勢は全編にわたって見られますね。ここで注目すべきは、本作『FLY!/フライ!』の監督が、『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(2012)のバンジャマン・レネールだということです。

numagasablog.com

ヨーロッパアニメーション的な美しさと楽しさにあふれた動物ファンタジーの名作を手掛けた監督が、『FLY!/フライ!』のような全年齢CGアニメに抜擢されるとは少し意外でした。パンフレットを見るまで全く気づきませんでしたわ!

しかし振り返ってみれば、『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』でも見られた、クマやネズミの動物学的な特徴の再現と、親しみやすいアニメ的な擬人化を両立する手腕は、本作『FLY!/フライ!』でも存分に発揮されていましたわね。

製作のクリス・メレダンドリも、キャラ造形の際に「何も手を加えなくても、カモはもともと面白くて漫画的な生き物だ」と力説したようです。スタジオに本物のカモを用意して、その飛び方や動き、泳ぎ方といった特徴を観察したというので気合が入っていますわね。駐車場にスタッフ全員が集まって輪を作り、その真ん中にカモを置いて、じっくりその行動を観察したのだとか…。なんだか楽しそうですわね(カモ的にはシュールな状況だったでしょうけれど)。

このような研究を通じて、いわば現実のカモという「素材を活かす」形でその魅力を発揮する方向性になったのは、カモとして喜ばしいことです。特に、いよいよ旅立ちを迎えたマガモ一家が「飛翔」するシーンは、現実のカモの飛行がいかにダイナミックかをアニメ的に表すことで、ありふれているはずの「鳥の飛行」というアクションが持つ気持ちよさを実感させる名場面でした。シンプルに、鳥ってすごいな…!と色んな人が思ってくれることを願いますわ。

 

カモだけじゃない!『FLY!/フライ!』の鳥たち

カモたちの旅路の中にも、鳥をトリ囲む「現実」と、「ファンタジー」の合間を縫った面白い描写がたくさんありましたわ。

旅の最初に出会うサギのエピソードも、なかなか強烈でした。細長い首や体や足、そしてくちばしを大胆にデフォルメした、相当アクの強いデザインのサギ「エリン」が登場します。冠羽や顔のもようなど、日本のアオサギによく似た鳥のようですが、舞台がアメリカなので正確には「オオアオサギ」だと思われますわ。つい先日アカデミー賞をとった『君たちはどう生きるか』と本作で、やたらクセの強いアオサギを短期間で2回も見ることになってびっくりですわね…。

ja.wikipedia.org

このサギ「エリン」は、なかなか恐ろしい風貌と雰囲気を備えています。本作の冒頭で、マックが子どもたちに聞かせていたおとぎ話では、サギをまるで血に飢えたモンスターのように語っていました。

野鳥に詳しくない人は、なぜカモがサギをそんなに怖がるの?と不思議に思う人もいるかもしれませんが、実はサギは本当にカモのひなを捕食するのです! ネットで調べると、カルガモのひなをアオサギが丸呑みする、まさにその瞬間の映像も見つかりますが、カモはもちろん心臓の弱い人間の皆さんも閲覧注意ですわ…。わたくしもうっかり見てしまって、普通にショッキングすぎて3日は悪夢にうなされました…。汗ダックだくでしたわ(ダックだけに)。

↓そういえばカモスタンプにもそのシーンが含まれていますわね…悪趣味ですこと。

そんな現実の自然界に存在する「カモとサギの間の緊張関係」を生かしたサスペンスが展開される、アオサギの宿のシーンは、羽に汗握りながら見ました…!  と同時に「見た目や先入観の判断」を戒める、真っ当なメッセージが込められたシーンでもありましたね。まぁわたくしは、現実でオオアオサギに出くわしたら速攻で逃げてしまうカモですが…(ちなみにこのシーン、監督の日本での滞在経験がモデルになってるんだとか…。)

 

旅の中で出会う鳥といえば、ハトも印象的でしたわね。

人間にとって、とても身近な野鳥であるにもかかわらず(だからこそ?)カモと同じくらい…いえ、それ以上にナメられてる鳥、それがハトですわ。しかし本作では、ハトのリーダーであるチャンプ(原語の声はオークワフィナさん!そういえば『リトルマーメイド』でも鳥を演じていましたわね)を通じて、大都会のジャングルで逞しく生きる鳥として、ハトの姿を描いていました。

よく見ると片足に障害があったりしつつ(ハトはよく猫や猛禽に襲われたり、劇中で描かれるように交通事故に巻き込まれることも多いので…)、その鋭い知性と心の広さでタフに生き抜いてきたチャンプは、ハトのステレオタイプから逸脱した魅力的なキャラクターでしたわね。

↓ハトをナメてる人間の皆様はこちらもご覧くださいませ。

numagasablog.com

ハトが活躍するニューヨークの場面は「鳥と人」の関係を通じて、人がすむ都会を別の視点から眺める点でも興味深いものでした。爽快な雲の中の飛行シーンに続いて、巨大な化け物のように霧の中から浮かび上がってくる船、そして「異界」として立ち現れる街…という幻想的な場面はとりわけ忘れがたいですわ。

注目したいのは、マックが飛びながら「窓ガラス」に写った自分を見るシーンです。水面ならともかく、空を飛ぶ鳥にとって、飛んでいる自分の姿を目にすることは、人工物への反射以外ではありえない不可思議な事態です。そして窓ガラスは、実際に鳥にとって危険でもあります。

www.nytimes.com

先日、ニューヨークの動物園から脱走して街の人気者になったワシミミズクの「フラコ」が、おそらく建物に衝突した死んでしまったことがニュースになりました。アメリカだけでもなんと年間10億羽もの鳥が建物に衝突して死んでいる、というのだから驚きですわ…。おいたわしい。

渡り鳥の多くは夜に移動するので、都市の光に引き寄せられて方向感覚を失いやすく、昼は昼で光を反射する窓に衝突しやすくなるそうです。まさに「見えない壁」である窓ガラスは、都会が鳥にとって一触即発な危険を秘めた場所であるという事実を、象徴する物体と言えますわね。

また、レストランの場面で一家が出会う真っ赤なインコ「ギルロイ」は、ジャマイカ出身であることから「アカコンゴウインコ」だと思われますわ。密猟によって数を減らしていることが問題になっている鳥であり、飼い主の恐ろしいシェフ(すごいデザインでしたわね)も違法なルートで入手した可能性が大きそう…。彼を囚われの身から救い出すことが、「街」編のミッションとなっていきますわ。

現実への警鐘を鳴らす一方で、危険も刺激も山盛りな街のシーンは、やはり本作で最も楽しいくだりでしたわね。色とりどりのディスプレイが輝くビルの間を飛び抜けるシーン、スパイもののような潜入シークエンス(カモの焼死体が出てくるのでわたくしには普通にホラーでしたけど…!)、夫婦のホットなダンスの場面(カモは実際に相手の周囲をグルグル回る、踊りのような求愛行動をしますわ)など、見どころが沢山ありましたわね。森や池とは大違いの「街」という世界で、たくましく生きていく鳥たちの生命力を表すシーンとしても解釈できるカモしれません。

 

ーーー以下、若干ネタバレがあるので注意ですわーーー

 

アヒルとカモの…家禽ロッカー?

現実の人と鳥の関係を踏まえた物語を描くうえで、特に印象深かった本作の場面も語っておきますわね。マガモ一行が街を脱出した後、まるで「楽園」のような場所でアヒルたちに出会うシーンですわ。

実は、アヒルは本作の主人公・マガモと非常に関係が深い鳥です。というのも、野生のマガモを家禽(かきん:家畜の鳥のこと)化した鳥が、何を隠そう「アヒル」なのですよね。鳥ではセキショクヤケイ(野生)とニワトリ(家禽)の関係に近いです。人間の皆さんはイノシシ(野生)とブタ(家畜)のほうがイメージしやすいでしょうか…。

アヒルたちを率いる「リーダー」的なアヒル・グーグーは、そのふわっとしたトサカのような頭部から、「クレステッド・ダック」と呼ばれる品種とわかりますわね。

en.wikipedia.org

ヨガをやったりプールで遊んだり、まさに「楽園」のような暮らしをアヒルたちは送っています。しかしこの「アヒルの楽園」が、実は食用のアヒルを育てるための農場だった…という、衝撃の事実が明らかになるのでした(まぁ直前の場面がレストランなので、大抵の人は想像つくのではと思いますけれど…)。

つい最近、Netflixでアードマンの名作『チキンラン』の続編である『チキンラン: ナゲット大作戦』が配信されたばかり。こちらも、まるで楽園のような世界で育てられているニワトリたちが、チキンナゲットにされる運命にあると判明…という恐ろしい展開がありましたね。

www.netflix.com

『FLY!/フライ!』と『チキンラン: ナゲット大作戦』という、それぞれ人間に近い鳥を主人公にした近年のアニメ映画が、どちらも「食肉」という営みを通じて、人間による鳥に対する支配に抵抗する話を描いているのは、鳥としては胸がアツくなる展開ですわ。人間の皆さんは若干気まずくなるカモしれませんが、鳥のような動物の視点に立って物語を語る現代のエンタメ作品が、こうした現実社会の(動物から見た)支配や搾取の構造にふれることは、ある種の必然なのかもしれませんわね。批評マインドを重視する社会派カルガモのわたくしとしても、こうした要素はバッチコイですわ。カモン、と言うべきだったかしら…。

 

カモから目線のツッコミも…?

このように、現実の鳥の生態や、鳥をトリ巻く諸問題をうまく盛り込んできた本作ではありますが…あくまで子ども向けのエンタメ映画であり、鳥を思いっきり擬人化したファンタジーであることも、カモの立場から念押ししておく必要がありそうですわね。

まず基本的なツッコミとしては、本作のグウェンくらいの年齢の幼いカモのヒナが、長距離の「渡り」を行うことはありえないと思いますわ。しっかりと成長し、翼や筋肉が長い飛行に耐えるようになって、満を持して空の旅に出発することがほとんどでしょうね。かわいい子ガモのキャラクターが冒険する絵面が必要だったゆえの、やむをえない「嘘」かもしれませんわね…。

そもそも本作で描かれたような「なかよしファミリー」をカモが形成するかといえば、これも極めて怪しいですわね。カモの子どもたちがダックスやグウェンのような微笑ましい「きょうだいの絆」を形成することもほぼないと思います。寂しいようですが、鳥の「きょうだい」関係は、哺乳類よりずっとクール&ドライなのです。

そしてなんといっても、実際のマガモの父親はマックとは大違い。子どもが生まれてから…どころか、メスがタマゴを温めている段階で、オスはメスや子どもを放棄してどこかへ行ってしまうことがほとんどです。人間的な価値観で言うと「なんたるクズ男!」という感じカモしれませんが、カモ的にはこうした行動がごく一般的なので、怒らないであげてくださいませ。「夫婦」のあり方は鳥によっても大きく異なるので、ぜひ調べてみてくださいね。

↓ちなみにコアホウドリは「同性カップル」を形成したりもしますわ。

numagasablog.com

賢明なる観客の皆さんには言うまでもないことでしょうが、『FLY!』のカモファミリーは、あくまで多くの人間が見て感情移入できるよう「理想化」して描かれたものということですわね。本作のように動物を擬人化したファミリーものを見ると、むしろ人間が「父・母・子」からなる「家族」という共同体をいかに重視しているかが伺えて、興味深いと感じますわ。それ自体は全く悪いことではありませんが、他の動物の「家族」のありかたも人間と同じだとは、くれぐれも誤解なされませんように…。人間という同じ種の中でさえ「家族」の形は様々なのですから!

 

まとめですわ。

こうした科学的な「正確さ」や「嘘」を程よく織り交ぜつつも、カモが主役の貴重な長編アニメーション、しかも完全オリジナル作品という「カモの晴れ舞台」として、本作『FLY!/フライ!』は立派にその役割を果たしてくれたと思いますわ。

鳥描写は散々語ってきたので、最後に本作の根本的なテーマに触れておきましょう。それは「未知の自分に出会うこと」。

本作の監督が『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』のバンジャマン・レネールであることは先述しましたが、あの作品と『FLY!/フライ!』には大きな共通点があります。それは冒頭ですわ。どちらの物語も「自分たちとは異なる他者」や「外の世界」に対する、偏見や誤解に溢れた「ストーリー」が語られることから始まっていますわよね。そして、そのように世界や他者を「決めつける」ストーリーは、実は自分たち自身を「決めつける」檻でもあることが、物語を通じて示されるのです。

そうした偽りのストーリーを脱するためには様々な方法があります。たとえば本作のマックたちのように、旅へ出て様々な他者に出会うこと。そしてカモのように身近な、しかし実は壮大な旅を繰り広げている生きものに目を向けることもまた、まだ見ぬ世界や自分自身に出会うための一歩かもしれませんわよ。ちょうど渡りの季節でもありますし、飛んでいるカモがいたらぜひ空を見上げ、はるかなる旅路に想いを馳せてくださいませ。

 

ーーーおわりーーー

 

かもLINEスタンプもあるのでチェックしてくださいね。↓

store.line.me

↑わたくしもいますわよ。我ながら高貴ですわね。

 

以下、有料記事として、このブログの運営者(ぬまがさ渡り…じゃなくてワタリ)が本作の雑感とか、ちょっとした文句(?)とかをつらつら書いているそうですわ。わたくしのタメになる文章とは違い、あくまで庶民による箇条書きの雑感なので、投げ銭感覚でお願いしますわね。投げ銭と言えば、わたくしがローマを旅行した際、トレビの泉に気持ちよくプカプカ浮かんでいたら(人間は立入禁止ですがカモなのでOKですわ)、小銭を投げてくる人々が大勢いて焦ったものですわ。しかも後ろ向きスタイルで投げてくるんですのよ。人間って不可思議ですわね…。

 

この続きを読むには
購入して全文を読む

【図解】博物館の剥製、ニホンオオカミだった!?

国立科学博物館にひっそり収蔵されていた「ヤマイヌの一種」の剥製が、実はニホンオオカミだった!とオオカミ大好き中学生が驚きの発見。日本や海外にある貴重なニホンオオカミの剥製についても紹介します。

 

Twitter↓

 

縦読み形式「いきものニューストゥーン」版↓

https://read.amazon.co.jp/manga/B0CXHLRHH1?ref_=dbs_wcm_wrnw_wr_rfb_2

 

<参考記事など>

NHKのニュースリンク。

www3.nhk.or.jp

 

www.nhk.or.jp

 

小森さんと専門家たちが協力して書き上げた論文。証拠をもとに論理を突き詰めていく、生きもの推理小説の趣き。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/bnmnszool/50/1/50_33/_pdf/-char/ja

 

オランダの「シーボルトのオオカミ」の秘密。

www.nhk.jp

 

ニホンオオカミの起源を探る面白い研究。

prtimes.jp

 

今回のオススメ参考本『ニホンオオカミの最後 狼酒・狼狩り・狼祭りの発見』。地元民の証言や歴史資料を参照しながらニホンオオカミの足取りを追う。

「最後のニホンオオカミ」とアンダーソンの出会いについても詳しいのでぜひ。

【図解】スパイ容疑のハト、釈放。

スパイ容疑でインド警察に捕まったハトがやっと釈放!…という困惑のニュースの影に隠れた、ハトのメッセンジャーとしての歴史や、驚きの能力を図解します。

 

縦読みマンガ(Fliptoon)版も作りましたのでぜひ↓

https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVFNPJ5X

 

『RRR』を見てない人は今すぐ見よう。

numagasablog.com

 

<参考記事など>

CNN記事

www.cnn.co.jp

ガーディアン記事

www.theguardian.com

解放されるハトの後ろに写ってるのは、調べたらムンバイの動物病院の人だったもよう。異常に長く勾留してたのは指示の誤解もあったようだが…

 

こちらは「パキスタンのスパイ」容疑でハトが捕まった話。いっけんばかげてるけど、インドの緊迫した政治情勢を反映してもいるね…

www.bbc.com

 

ナショジオの動物スパイの歴史に関する記事。

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

ハトとインターネットに関してはこちら詳しいので参照。

www.washingtonpost.com

 

↓この本も読んでるが面白い。ハトの章もあるよ。

赤ちゃんホホジロザメ図解!そして「Fliptoon」作ってみた

赤ちゃんホホジロザメ図解

ホホジロザメの生まれたての赤ちゃん(新生児)が世界初の発見!?というニュースを図解しました。ホホジロザメの子育てがだいぶ哺乳類っぽい件を、哺乳類の皆さんも知るべき。

ニュースいろいろ出てるけど、このへん参考に↓

natgeo.nikkeibp.co.jp

↓最近かいた別のサメ図解

numagasablog.com

 

「Fliptoon」作ってみた

今回、新しい試みとして、ためしに縦読みマンガ(Fliptoon)用に加筆&再構成したバージョンも作ってみました。amazonアカウントあれば無料で読めるので、読んでみてね↓

www.amazon.co.jp

私の図解、なにげに縦読みマンガと相性が良いのでは…とは思いつつ面倒なのでやってこなかったが、なにごともチャレンジということで、とりあえずFliptoon(amazon版ウェブトゥーンみたいなやつ)で作ってみたのだが、作ってるうちつい凝り始めてしまい(私あるある)、気づいたらニュース番組形式になってた。キャラクターも考案したし意外と加筆もしなきゃなので地味に大変だった…。

元から私の作品、ぜんぶ横書きで上→下の視線誘導なので、必然的に縦読みスクロールのマンガ形式とは相性が良いんじゃないかとは思っていた(厳密にはマンガじゃないけど…)。最近はスマホで読みやすいようになるべく意識はしていたが。

縦読みマンガならやはりWebtoonとかのほうが有名だと思うが、せっかくkindle出版のアカウントも持っていたのでamazonが始めたばかりのFliptoonにしてみた。どれくらい読まれるとか全然未知数だが、まぁ一回やってみようかって。なんか賞もやるらしいし、運良くお金もらえないかな↓(そもそもマンガじゃないとダメかもだが…)

prtimes.jp

Fliptoon…ていうか縦読みマンガを自分では読む習慣が全く無いので全然わからなかったのだが、選択ジャンルにそもそも「動物」とかがなかった。

仕方ないので「日常」にしておいた。

ただし投稿したら「動物・ペット」のタグを勝手につけてもらえた。「サイエンス」とかもほしいところだが…(誰も縦読みマンガにサイエンスとか求めてないと言われると困ってしまうが)。まぁぶっちゃけまだ未開の地なんだと思う。

「私の図解、元から縦読みだし、置き換えるだけでラクじゃん」とか思ってたけど、つい凝ってしまって、けっこう作業が大変だったので、続けるかは未知数だが、反応次第でまた考えるので、よかったら読んでみてね。

www.amazon.co.jp

寒木春華(HMCH)のポケモン短編アニメが凄すぎたという話

『羅小黒戦記』の寒木春華スタジオが、旧正月(春節)を祝う、ポケモンのアニメ短編(公式タイトル「Dreaming of good times (良辰有梦)」)を制作・公開したのだが…

www.youtube.com

そのクオリティが高すぎて絶賛が巻き起こっている。

(もちろんポケモンというコンテンツは日本産だけど)良く考えたら海外アニメ案件でもあるので、ちょっとした感想を書いておこうと思う。『ハズビン・ホテルへようこそ』の爆発といい2024年、開幕早々すごい海外アニメイヤーになりつつあるな…。

 

寒木春華スタジオといえば、『羅小黒戦記』や『万聖街』でおなじみの、中国の超絶技巧アニメーション集団である。日本でもアニメファンを中心に加速度的に知名度を高めているが、もし知らなければとりあえず『羅小黒戦記』を見てほしい。

…と劇場版の『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』をオススメしようと思ったが、今amaプラ見放題とかにも全然ないのね…!そういや配信終了の告知とかしてたな!(なんだかんだすぐ配信戻るのかなと甘く見てたわ…)まぁ円盤買う価値は間違いなくありますが。

これほど人気になった作品が配信で全く見れない状況はけっこう珍しい気がするが、色んな大人の事情があるのだろうか。

むしろ寒木春華スタジオだと『万聖街』のほうが見やすいっていうね(amaプラに来てる)。これもとても面白いしカワイイのでぜひ見てほしい。

そのハイセンスっぷり(主にキャラデザ)の凄さに恐れおののいた記事↓も読んでもらえれば…

numagasablog.com

 

さて本題の、寒木春華スタジオのポケモン短編である。もっかい貼っとく↓

www.youtube.com

短編のコンセプト自体はシンプルで、ポケモンと人間が共存する世界で、旧正月(春節)を過ごす人やポケモンたちの姿が2分くらいにコンパクトにまとめられている。ちなみに中国ではこの「旧正月」のほうがハッピーニューイヤー本番みたいな感じで、新暦の正月(1月1日)よりも盛大に祝われる(2024年の旧正月は2月10日)。

つまり本作は「日常にポケモンがいる風景」かつ「中国の旧正月の人間模様」を両立して描き、わずか2分の中にギュッと詰め込むという、かなり高度で忙しいことをやっているのだが、そこはさすがの寒木春華スタジオというべきか、見事に両立させている。「こういうポケモンアニメ、見たいな〜」と前から思っていたが、いきなり最強のやつが来てしまったなと震えた。

 

まず冒頭、ルカリオとトレーナーのスパークリングのシーンから象徴的だ。ボクシングの練習のようなスパークリングを大胆なカメラワークで映しつつ、ちらっと時計を見たトレーナーの顔に、ルカリオがうっかりパンチを叩き込んでしまう! …というわずか数秒のアニメーションだが、その中に「人とポケモンが互いに仲良く共存している」「人間には何か時間を気にする理由がある」「共存しているゆえにたまにちょっとした事故も起こる」という情報量がギュギュッと詰め込まれている。トレーナーが時計を見た理由は「そろそろ旧正月の帰省の準備をしないとな…」とでも思って気が緩んだのだろう、と後から推測できるものの、初見で全てを噛み砕き飲み込むことはまず不可能だが、ほんの短いアニメの中に、この両者の関係性や背景がうっすら浮かび上がる手腕はさすがだ。2分と短いので繰り返しの視聴も意識しているがゆえの、現代アニメ特有の濃厚さとも言える。

続くオフィスワークの男性の場面も良い。相棒のデデンネがすごく可愛い(ちなみに本作はほぼ無セリフなのだが、ちょっとだけ声がついていてデデンネも少し鳴く)。こういう丸っこい小動物的な架空の生き物キャラクターを、あくまで動物らしさを保ったままでかわいく描く手腕は『羅小黒戦記』の猫シャオヘイでも存分に発揮されていたが、良く考えたらポケモンシリーズとは相性バッチリだった。オフィスのリアル具合も相まって、日常にポケモンがいることの楽しさもいっそう引き立つわけだ。コイルの磁力は電子機器とか大丈夫なんだろうか、とか心配するのも楽しい。

 

本作の白眉のひとつは、次の電車のシーンから続く一連の流れだろう。金髪の女の子と相棒のワニノコが焦って走りながら電車に飛び乗る。この女の子は、基本的に控えめでリアルめな風体のキャラが多い本作の中では、いわゆる「アニメ的」というかコスプレ的なキャラで全体のトーンから少し浮いているのだが、実際にこれくらい派手に決めた子もけっこういるのが今どきの中国事情だろうな…とか考えると逆にリアルさもある。寒木春華は『羅小黒戦記』web版でも『万聖街』でもよくオタクの人や集団を描くので(本人ズが超オタク集団だからなのだが…)この子もなんらかのオタクなのかもしれない。

話を戻すと、そのオタクの(決めつけ)子とワニノコが電車に乗りこんだ際の、車内のようすを超広角レンズ的なアングルでぐわーっと映し出す景色は圧巻だ。旧正月だけあって、電車の中は人やポケモンでぎっしり賑わっていて、そのざわざわした雑多な、しかしワクワクするような感じをアニメでとてもよく捉えている。日本人的にも見慣れた光景ではあるが、それをこれほどのクオリティでアニメーションとして捉え、かつポケモンがいるとこんなにワクワクするシーンになるんだ!という発見もあった。

よく見るとピカチュウとミミッキュが向かい合わせで座っていたり、ここからなんらかのドラマが生まれるのでは…という奥行きも感じさせる。

 

電車の窓からカメラをダイナミックに引いて視点が切り替わり、(一瞬しか映らないがオートバイ女性に抱っこして捕まるナマケロもかわいい!)冬の森をオオカミのごとく疾走するイワンコ、ウィンディの跳躍とテッポウオのジャンプを重ね合わせて一気に海のシーンに場面転換…という流れのスムーズさは、アニメーションの教科書に乗せていいレベルの気持ちよさだ。船に乗る女の子の周りを飛び交うキャモメも、キャモメが現実にいたらまさにこういう感じだろうなという自然さで、「現実の動物のかわりにポケモンが生態系に定着した世界」という本作の世界観を彩っている。

空港ではタツベイが飛行機が飛ぶのを「いつか僕も…!」的に嬉しそうに眺めていて、空を飛ぶのに憧れているという(最終的にはボーマンダになる)タツベイの設定もしっかり抑えている。飛行機のカットからリザードンに乗って空を飛ぶ女の子のシーンへと切り替わる。ここまで車、電車、船、飛行機…と「現実の交通機関」を利用する人やポケモンの姿を描きながら、同時にポケモンが一種の交通機関のように人間を助けてくれていることも示すことで、この社会で人とポケモンがどのように共存しているかを端的に示している。この「現実と非現実」がリアルな形で交錯することによって生まれるセンス・オブ・ワンダーは、『羅小黒戦記』の都市における妖精の生き方なども思い出すし、やはり寒木春華スタジオの作風とポケモンの相性の良さを実感させられる。

 

続いて、これまで少しずつ登場してきた人々が、実家に戻ったり家族と再会したりして、旧正月を祝い合うシーンとなる。冒頭でルカリオのパンチをくらってしまった青年が、母親に心配されていたりするのも微笑ましい。

とはいえみんながみんな「家族との再会」というベタな年末を迎えているわけではない、というのもむしろ本作の風通しが良い部分だ。コダックと一緒に車で移動していた男性は、渋滞にハマってしまい若干イライラしている(ハンドルを指でトントンする所作とか、なにげにアニメで見ることは少ない気がするので妙に印象的だ)。隣のコダックを見つめてため息をつきつつ、「コダックじゃ空も飛べないしなぁ…」などと失礼なことを思っているのかもしれない。

 

それ以降、初出かつ大勢のモブ的な人間キャラとポケモンたちの、それぞれ全く異なる旧正月を過ごす様子が(絶対初見でぜんぶ把握するのムリだろという密度で)続く。ガオガエンとゴーリキーというコワモテ系ポケモンを従えた父親に自分の優しげな恋人を紹介しているのだろうお姉さん、キモリなど小さなポケモンたちと部屋を掃除して旧正月の飾り付けをするお兄さん、買い物やキャンプやカラオケに興じる人々など、性別・年齢・職業といった属性の幅がとても広いことに着目したい。「普通の人々」がこれほど多彩かつ豊かに描かれるアニメーションは世界的にも珍しいのではないかと思えてくるほどだ。

たとえば電車のシーンでも(一瞬しか映らないが)モクローが頭にとまっている女子高生の、ちょっとガッシリしてる体格とか茶髪の混ざり方とか、地味にデザインが「女子高生」の記号から外れているのも良い。いまだに日本アニメでも「女子高生」が描かれる場合、やたら記号化された造形が頻出する印象があるが、こういう感じの子も現実にはたくさんいるわけで、寒木春華スタジオの「画面に映る人々を決してないがしろにしない」という決意を感じる。

このようにモブの人々がちゃんとリアリティをもって描かれることで、アニメ内で描かれる「現実世界」の解像度が上がり、そのことによって「日常にポケモンがいる」ことのセンス・オブ・ワンダーも倍増するという、理想的な相乗効果を生んでいる。全ての現実寄りファンタジーの創作者が参考にすべき点だと思う。

「誰でもその人の人生では主人公である」などと言われれば、さも綺麗事に響くだろうが、これほどのクオリティと描き込みで「普通の人たち」を描き分けるアニメを見せられると、「本当にその通りだよな…」と思ってしまうし、今も周りで生きている様々な人々に思いを馳せたくなるというものだ。

そして最後には、そうした本作の姿勢を結集するかのようなクライマックスが訪れる。この世界で暮らし、それぞれの旧正月を祝う人々やポケモンの様子を、スマホやテレビなどの映像媒体を通じてワンカット的な手法で一気につなぎ合わせながら、旧正月の祭りで盛り上がる街の賑わいへとグワーッと接近していくアニメーションはまさに圧巻だ。

最後にたどり着く祭りの様子も楽しい(花火にしっぽで火をつけるヒトカゲがかわいい)。エンテイの「獅子舞」やレックウザの「竜舞」など、中国の伝統文化とポケモンの合わせ技のような表現も、世界の奥行きを深くしているし、文化のリプレゼンテーションとしても理想的だ(実際、こういう感じの祝い方なんだ〜と新鮮に感じる日本の人も多いはずだ)。大好きなアニメ作品『雄獅少年』を連想したりして、やっぱりあのエンテイ獅子舞の中にいる親子?も頑張って練習してその名誉にたどりついたんだろうか…と思ったりした。

numagasablog.com

『雄獅少年』は本当に傑作なので観たほうがいいよ。

そして最後に、楽しい旧正月を過ごせた人も、(渋滞にハマったり入院していたり普通に年末も仕事があったりして)そうでもない旧正月になった人も、みんなでふと空を見上げて、ささやかな奇跡を目にする。そう、本物のレックウザが空を飛んでいるのだった…。辰年の旧正月を祝うポケモンアニメを締めくくる上で、これ以上ないような素敵な結末ではないだろうか。モブな人々の描写も決して手を抜かず、日常に溶け込んだポケモンのセンス・オブ・ワンダーを詰め込んだ、すばらしい短編アニメーションだった。

 

ところでこの寒木春華の短編だが、数年前に話題になった日本製の数分のポケモンMV「GOTCHA!」と見比べると、かなり対照的で面白い。こっちはポケモンの初代から剣盾あたりまでの歴史をひとつにまとめたような作品だ。現代の日本アニメ的な技術とリズムを結集し、エモとノスタルジーの爆発と圧縮によって、感情の濁流を起こすかのように力技で感動させる、的な作りといえる。私も世代的にドツボなので(なんかいつまでもいい大人がこういう懐かしキャラ大集合的なやつに感動してていいんだろうか、などと思いつつ)初見ではめちゃグッときてしまったわけだが…

www.youtube.com

翻って寒木春華の短編は(長編の作風もだが)ほとんどエモやノスタルジーに頼らない、とてもクールと言っていいタッチだ。実に静かで穏やかなトーンで、旧正月を過ごす様々な人々の光景を少しずつ繋げていき、ポケモンという異質な存在を織り込みながら、ひとつの巨大な世界を構成していく。もちろん単純比較は不可能だが、仮にポケモンというコンテンツを一切知らない人が観てもグッとくるという意味では、今回の寒木春華の方に軍配が上がるのではないか、という気もする。自分たちの超技術を信頼しているからこその、純粋な意味でのアニメ表現によって「世界」を現出させるような手腕に惚れ惚れする。

寒木春華スタジオの近作だと、「アークナイツ」(私は遊んだことないが)というゲームのスピンオフ短編アニメも前に見て、その楽しさとクオリティに驚いた。ホテルという狭い舞台のドタバタ劇でありながら、現実世界を徹底的に観察し、洗練されたアニメ表現やアクションに落とし込んでいることがよくわかる。

www.youtube.com

初見時、もう冒頭のルームサービス用の台車しか映ってない時点で「やっぱ別格だな…」と感じた。タイヤのひとつがガタッと一瞬曲がるという、現実では誰も注目しないような細かい所作なのだが、この現実の観察と再構築こそが寒木春華のアニメーションの凄さの核心なんだろうなと。ポケモンという(すでに多くのメディアミックスが存在する)超巨大IPを手掛けたことで、逆に寒木春華の技術やセンスの凄まじさを改めて思い知らされた。今後もつくづく目が離せないスタジオになりそうだ。

 

ポケモンが日常にいる暮らし…という意味では日本発のアニメでも『ポケモンコンシェルジュ』とか面白い試みがあったので、こちらも期待したいですね。

www.netflix.com

おわり