沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

映画『きみはいい子』観た!

  • 映画『きみはいい子』を観ました。テアトル新宿、1000円。
  • なんかもうね…今日で6月が終わるじゃないですか。このブログでも、2015年前半ぬまがさ映画ランキング!みたいなことをやろうと思ってるわけですよ。ベスト5の映画にちなんだイラストを描いてみようかな、だとしたらあれは外せないし、いやこれも…とか色々考えてたわけです。それなのに…まったく迷惑な話ですよね。6月の最終日に観た映画が年間ベスト級の傑作とか、ホント大迷惑なんですよ! 
  • いや〜…きのう観た『アリスのままで』もとんでもない逸品でしたが、本作も凄かったです。邦画にできることってまだたくさんあるんだな、と思い知らされました。
  • 以前もちょっと書きましたが、予告編を見た時点ではぶっちゃけあんまり興味なかったんですよ。児童虐待とか教育問題とか、確かに重要なテーマなんだろうけど、そんな気の滅入る話をわざわざ映画館で観たいとは思えないし…。何より予告編の最後、「今日はみんなに宿題を出します!それは…家族に抱きしめられてくることです!」と先生役の高良健吾が生徒に言うシーンに、正直ちょっと「うげえ」となっちゃって。(その直後にちゃんとクラスの子達がみんな「うげえ」って言うんですけどね。)まさかとは思うが、現実に苦しんでいる人が山ほどいる問題を、安易な「家族愛」的ロジックで解決しちゃう映画じゃあないだろうな…?と、ちょっぴり疑っちゃったんですよ。
  • いやしかし、フタを開けてみれば、疑った私がほんとバカでした。あの名作『そこのみにて光輝く』を撮った呉美保(お・みぽ)監督が、そんな安直な作品を作るわけはありませんでしたね。あくまでも「現実」にしっかり根を下ろした、誠実な映画でした。
  • 児童虐待やネグレクトなどの家庭内問題、そして教育の現場の過酷さといった問題を正面から扱いながらも、決して深刻なだけの雰囲気に陥らず、その中で闘いながら生きていく人々を描くことでかすかな光を見出す。前作同様、この監督はそうしたバランス感覚が一流なのです。
  • まず、主役である小学校の新任教師・岡野を演じていた高良健吾、つくづく良い役者さんだなと思わされました。予告編では「うげぇ」と感じてしまった「家族に抱きしめられてこいという宿題」も、岡野がそこにいたるまでの心の動きが丁寧かつロジカルに描かれていたから、本編ではちっとも「うげぇ」とならないどころか、すごく感動的な場面になっていました。
  • 翌日、生徒に「なんであんな宿題出したわけ?」と聞かれた岡野は、しどろもどろになりながら、映画史に残る(かもしれない)「へったくそなスピーチ」をするわけなんですが、それがまた心を打つのです。
  • 「宿題」を出された生徒達がそれぞれの家族に抱きしめられた感想を言う場面は、まるでドキュメンタリーのようなリアルさ&微笑ましさでした。というか子どもたちの演技、全員素晴らしかったですね。憎たらしい子、変わった子、弱々しい子とよりどりみどりで、変に理想化された可愛らしい子供は出てきません。子供ならではの残酷さや愚かしさもちゃんと描かれ、「クソガキどもが…」とうんざりしてくるようなシーンもあります。作中で子どもとの関係性に悩む大人達と、こうして観客がシンクロするわけですね。
  • それでもやっぱり、「宿題」の結果を子ども達が語るシーンを観ると、本当はみんな「いい子」なんだと思えてくる。大げさではなく、人間に対する希望が静かに湧いてくるような名場面だったと思います。
  • この作品がさらに素晴らしいのは、その岡野が出した「宿題」を安易な救いにしなかったこと。詳しくは書きませんが、その「宿題」のせいで、また新たな悲劇が始まってしまったことが示唆されるのです。
  • ちょっとネタバレですが、ラストでは、その悲劇に対する岡野の姿勢が、「閉ざされたドアをノックする」という行動を通じて示されます。そして、幕が閉じる。いわゆるハッピーエンドではないのでしょう。例の「宿題」に象徴される岡野の「きれいごと」が、子どもの不幸の闇をさらに深めてしまったのかもしれないのですから。そう簡単に人を暗闇から救うことはできない。不可能かもしれない。何をやっても無駄なのかもしれない。
  • それでも岡野はやっと自分で掴んだ「きれいごと」を手に、その暗闇に立ち向かうことを決意し、ドアを叩くのです。「暗い」と思う方もいるのでしょうが、私はこの終わり方、大好きです。本当に誠実で、かつ美しいラストだと感じました。
  • つい岡野サイドの話ばかりしてしまいましたが、それはこの映画のほんの一部にすぎません。もう一人の主役である、娘を虐待してしまう母親の話や、認知症の進んだおばあさんの話などが並行して進んで絡み合い、重層的な物語を作り上げています。
  • それらのサイドのお話も本当に素晴らしい出来で、是非語りたい、というか語らないとこの映画を論じたことに全くならないのですが、字数と時間の関係で今日はここまで。無念。
  • とにかく、6月の最後に素晴らしい映画を引き当ててしまい、ほんと迷惑、もとい幸せです。また近い内に語れれば。というかさっき、よせばいいのにもう一本観てしまったのですよね…。そして困ったことに、そっちも素晴らしい傑作だったっていう…。勘弁してほしいです。ぬまがさつかれた。ではまた。