沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『クーキー』観た!

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  • 映画『クーキー』(原題:KUKY SE VRACI)を観た。新宿武蔵野館、1100円。奇妙で可愛くて不気味でマッドマックスで、実に好きな世界でした。
  • 捨てられたクマのぬいぐるみ「クーキー」が奮闘する、チェコの森をロケ地にした人形劇。監督はヤン・スヴェラーク(『コーリャ 愛のプラハ』)。ほぼ全て実写で、クマのぬいぐるみや奇妙な生き物の人形を、プロの人形師が動かして撮影する。チェコといえばマリオネットが有名だし、こうした人形劇は「お家芸」ともいえるのかも。
  • チェコの美術とか映画とか、あんまり日本人には馴染みがないかと思いきや、意外にもアニメファンには「チェコ的なもの」が広く浸透しているはず。というのも、『まどマギ』や『化物語』の美術を手がける「劇団イヌカレー」が、チェコ(含む東欧)の美術に深くインスパイアされている作家なので。特にヤン・シュヴァンクマイエルは、イヌカレーに(たぶん)最も大きな影響を与えているチェコ出身のアーティスト。『叛逆の物語』なんてほぼチェコアニメと言っても過言ではないんじゃないだろうか(?)。なんにせよアニメは異文化の架け橋ということですね。
  • 軽くあらすじ説明。クマのぬいぐるみ・クーキーはオンドラという少年に大切にされていたが、ある日「ぜんそくによくない」という理由で無残にもお母さんに捨てられてしまう。ゴミ捨て場でスクラップになりかけるクーキーだったが、少年の祈りのおかげで奇跡的に生命を吹き込まれて動き出し、命からがら脱出をはかる。
  • 迷い込んだ森で出会ったのは、気難しい上にサツマイモのような頭をしているが根は親切なヘルゴット村長。そして森の神々といえば聞こえはいいが、なんとも形容しがたい姿をした異形の住人たち。さらに、(顔は可愛いものの)隙あらばヘルゴットを蹴落として村長になろうとたくらむ悪人アヌシュカ。こうした一筋縄ではいかない魑魅魍魎たちとスッタモンダしながら、なんとか家に帰ろうとするクーキーの大冒険が繰り広げられるのだった!こんな感じの映画です。
  • 見所を順にあげていくと、まずクーキーの動きが超かわいい。人形師が操って後からワイヤーなどを消す手法のため、いわゆる「ヌルヌル動く」というものではないが、むしろその頼りない感じの動作が実にキュート。急いでいるときの「フュヤ〜ン」って感じの跳躍とか大好き。本作は「これは少年の夢(妄想)なのか、それとも…?」という曖昧さを保ったままで進行するので、クーキーのちょっとぎこちない非現実的な動きが物語の性格にピッタリはまっている。
  • そして、美しいことこの上ない自然の描写。ハードすぎる「森林での人形撮影」を100日にも渡って試みた甲斐あって、草のしずくや小川のきらめきなどミクロな森の世界が美しく、鮮やかに捉えられている。監督インタビューなどから察するに、むしろこの自然こそを撮りたかったのではないだろうか。身近なものとしてはゲームの『ピクミン』の世界を連想するが、『クーキー』の自然は完全に実写だからもっと凄い。変な生物もいっぱい出てくるし、まさに実写版『ピクミン』(茶色いピクミンみたいな奴も出るしな…)。極小の視点から、迫りくるような森の美しさを満喫することができる。
  • この映画の自然描写がユニークなのは、いっけんホンワカした子供向けアニメっぽい雰囲気の中に、「自然」というものが持ってる生々しさや毒々しさ、気持ち悪さも同時にぶち込んでくる点。最も象徴的なのは、クーキーとヘルゴット村長が森で道に迷って、草むらでトンボに出会う場面。語学堪能(?)な村長はトンボ語で話しかけるが、トンボは実は二匹いて、しかも交尾中だった。気まずくなって引き返す二人。「生き物が二匹くっついていたら、話しかけちゃいかんのだよ」とヘルゴット。「交尾してるんだよね」とクーキー(知ってんのかよ!)。日本の子供向けアニメではちょっとできないような生々しい表現だった。
  • 生々しさといえば他にも、途中クーキーがヘルゴットの家で食事をするシーンがあるのだが、その食事というのが、なんとウサギの糞と瓶詰めのアリの幼虫。リアルな幼虫を用いて撮影しているので、もちろんリアルにウジウジとうごめいている。それを「こんなにおいしいものがあるんだね!」とか言いながらパクパク食べる可愛らしいクーキーの姿を見ていると、正直、頭がクラックラしてくる。悪役アヌシュカは「なめくじが好物」ということで、ヘルゴットたちからも「まったく気味の悪いやつだ」的な扱いを受けているが、イヤイヤ、絵的には君らも同じようなもんだから!!
  • …とまあこんな感じで「ミクロ」な自然の世界を、美しい面だけでなく、生々しかったりおぞましかったりする部分も含めてきっちり描いているのが本作の何よりの美点。そうした描写によって逆に、森で生きる架空の存在たちに独特かつ強烈なリアリティが生まれ、作中の幻想世界がいっそう強固になっている。これこそが、『クーキー』が凡百のファンタジーと一線を画している点だと思う。
  • そして何と言っても、本作、『マッドマックス』でしたね〜。…いや、突然の発作が起きたわけではなくて、『クーキー』を「マッドマックスっぽい」と思う人は普通に多いはず。というのも(イラストに描いたような)激しいカーチェイスが、本作にはなぜか頻発するのですね。しかも相当ガチなやつ。特に悪人アヌシュカに追っかけられながら雪の上を爆走するシーンは、そのスリルと美しさに惚れ惚れしました。他にも、鳥の卵を救うために、踏みつぶされそうになりながらトラックと並走するシーンなんて、『マッドマックス』のラストバトルもかくやという高揚感!(クマのぬいぐるみで何をしてるんだ、この作り手たちは…。)
  • というわけで、『映画ひつじのショーン』や『悪党に粛清を』に続き、この『クーキー』を正式に『マッドマックス』の続編と認定…しようと思いましたが、本作、実はチェコ本国で公開されたのが5年前なんですよね。だからまあ…前日譚?ってことでひとつ…。
  • そんな妄言はともかく、本作が決してただのフワフワしたお気楽なファンタジーではないことは確実。最後まで見るとわかるけど、これ、物語を「想像/創造」する営みの意味を問う作品でもあるんですよね。そして「想像と創造」を通じて子どもが「成長」していく過程を、少しビターに、しかし暖かい視点をもって描いている。本作を『トイストーリー』(特に3)になぞらえる人は多いと思うけど、個人的には最新作『インサイド・ヘッド』のほうにテーマが似てると感じたし、その描き方の上手さにおいても全然ピクサーに負けてない。(もちろん『クーキー』の方が5年早いんだけど。)
  • そろそろ長いので終わろう…。本作、いわゆるハリウッド的な面白さとはかなり方向性が異なるし、公開館数も多くないし、ま〜マニアックな映画なんですけど、かなり幅広い層に響くポテンシャルをもつ作品だと思うんですよね。まどマギ好きもピクミン好きもピクサー好きもマッドマックス好きも(もちろんチェコ映画好きも)一見の価値が必ずある作品だと思うので、ご覧になってみてはいかがでしょう。さて、「チェコマッドマックス」の次にハシゴした作品が「箱根のマッドマックス」だったのですが…。また後日。