沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『3月のライオン』(11巻)読んだ!

  • 羽海野チカ3月のライオン』11巻を読んだ。帯によると、テレビアニメ化&実写映画化するとのこと。詳しいことは何も発表されていないようなので、まだなんとも言えないけども。しかしアニメはともかく、実写か〜…。うん。嫌な予感がしないといえば嘘になるな…。キャラの造形や舞台設定から考えれば、実写化のハードル自体は低めなんだろうけど、あまりにも原作が「良すぎる」ので、かなりの困難が伴いそうですね。良すぎるというか、「強すぎる」というか。
  • というのも本作、ほんわかした優しい空気を基調としてはいるものの、漫画としてできるギリッギリの表現を攻めて攻めて攻めまくるような、ロックな作品だと私は思っているので…。うむ、「ロック」という表現が一番しっくりくる。ロックですよロック!…まぁロックかはともかく、本当に絶妙な、奇跡的なバランスの上に成り立ってる漫画なのは確かだと思う。
  • たとえば最近登場した川本家の父親・誠二郎というキャラクターの描き方。この誠二郎、いわゆる悪役なんですが、これがもう本当にイヤったらしいゴミのような野郎でして。妻や娘を捨てて出て行ったきり何年も音沙汰がなく、それからも浮気を繰り返し、かと思ったらノコノコ帰ってきて、ヘラヘラと戯言を抜かしながら、あろうことか川本家をのっとろうとする…。とんでもないクズです。川本家のかわいくて心優しい姉妹たち、ひなたやあかりやモモの楽しい日常を微笑ましく読んでいる人ほど、「こいつだけは俺の手でブッ殺す」という気持ちが湧いてくることでしょう。「死んでほしいキャラクターランキング」を集計したら間違いなく誠二郎がぶっちぎりの1位だと思います。
  • つまり何が言いたいかというと、悪役としては最高に「良いキャラ」ということです。現代の悪役像として実にフレッシュかつ斬新な、素晴らしいキャラ造形だと思う。真の意味でタチの悪い「吐き気を催す邪悪」というのは、「強い」人間からではなく、この誠二郎のように「弱い」人間の心根から生じる。羽海野先生のそうした深い人間理解から生まれたキャラクターなんだと思います。
  • そして誠二郎、もちろん作中でも真性のクズとして描かれるんですが、その描かれ方のバランスが本当に凄い。ギリギリのところで、わずかに「愛らしく」なるように描かれてるんですよね。ちょっとギャグっぽい描写もあったりして、崖っぷちのところで『三月のライオン』特有の「愛らしさ」という枠の中に入っている。このあたり、後藤や蜂谷くんのエピソードとも通じるような、羽海野チカという作家の確固とした「善悪」に対する思想を感じます。かといって「悪」を甘やかすことは決してないというバランスもまた、凄いのですが。
  • ああ、このくだり、もっと詳しく書きたいんですけど、すいません今日は眠いので終わります…。なんと半端な…でも仕方ない。また追記しようかな…。では。

ーーーーーーー以下追記ーーーーーーーー

  • 昨夜は寝落ちしてしまったので、上記についてもう少し詳しく追記しようと思います。「善悪」の話をしましたが。この漫画、かなり序盤から一貫して「自分が世界の中心だと思い込んでしまうことの危うさ」というのを描いてるんですよね。別の言い方をすると、この世に「他者」がいることを忘れてはいけない、というテーマが根幹にあるのだと思う。主人公の零くんは天才ですが、だからって彼が「世界の中心」ではないし、主人公だからって特別扱いはされない。このことを本当に、しつこいくらい繰り返し描いている。零くんもそれを、ことあるごとに思い知らされる。
  • たとえば、のちの師匠となる島田八段との初めての出会い。トーナメント戦に挑んでいた零くんは、にっくき存在である後藤と戦うことを願うあまり、地味な島田のことなんて眼中に入れず、後藤への対策ばかりに明け暮れていた。そして迎えた島田戦だが、零くんは「モブキャラ」扱いしていた島田に、完膚なきまでにボコボコにされ、惨敗する。
  • そりゃ当たり前ですよね、いくら地味だろうと島田八段は歴戦のプロであり、死ぬほど強い指し手であって、「その次」なんかを見据えながら立ち向かえる相手ではない。でも零くんには自分自身と、自分の「敵」である後藤しか目に入っていなかった。つまり「他者」が抜け落ちていた。外から見れば必然ともいえるこの敗北は、かつてないほど零くんを打ちのめす。負けた後の感想が「悔しい」ではなく「死ぬほど恥ずかしい」というのも本当に生々しくて、すごく強烈な場面だった。ことあるごとに思い返す名エピソード。
  • 他にも、蜂谷すばる五段というキャラクターと戦うお話。対戦中に何度も舌打ちをしたりとマナーが悪いプロ棋士で、零くんも「どうせ世界の中心は自分だとでも思っているんだろうな…」と感じてムカついたようで、蜂谷を徹底的に叩きのめしてしまう。でも、その圧勝になんと周囲から大ブーイング!「蜂谷はこういう奴なんだから適当にあしらっておけばいいんだよ!圧勝とかしてあんまり刺激するな、舌打ちがうるさいだろうが!」などと散々な言われよう。意外にも蜂谷くんが(ある意味)愛されキャラだという事実が判明し、さらに追い討ちをかけるように先輩から、「どうせ世界の中心は自分だとでも思ってるんだろ?」と、さっき零くんが蜂谷に対して思ったことをそのまま返されてしまう! 
  • そして零くんが「えええ…!?(ガーン)」となって終わるというギャグ回だったわけですが、私はこの回はものすごく『3月のライオン』らしい、重要なテーマを扱ったお話だと思いました。これも島田八段との初戦と同じく、「自分が世界の中心だと思ってんじゃねーぞ!」という主題のさらにストレートな描き方ですよね。「他者」を簡単に分かった気になるな、「自分の世界」の小さな枠に「他者」を勝手に押し込めるな…。これこそ『3月のライオン』の中核となるテーマなのでしょう。(『少女ファイト』の名台詞、「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」とも通じるものがある。)この思想こそが、本作に登場する人々に独自のリアリティ、「生きている」感じを与えているのだと思う。
  • そして今回、かつてないほど明確に「嫌な奴」である誠二郎が登場したわけですが、こんな救いようのないキャラクターにも、その思想は一貫して適用されている。そこの塩梅がやはり凄い。本当にギリギリのバランスで、愛せなくもない感じに描かれていて、だからこそ辛い、というニュアンスもある…。だがそれでも「悪いものは絶対に悪い」という確固たる線はしっかりと引かれている。繰り返しになるけど、「悪役」の描き方として本当に斬新であり、そして正しいと思う。脱帽するしかない。
  • …とこれだけ読んでも本作を知らない人にはなんのこっちゃでしょうが、思うままに追記しちゃいました。でも本当に素晴らしい漫画なので人類はみんな買ったほうがいいと思う。実写化アニメ化も期待してるっス!本当です!では。