沼の見える街

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映画『ベテラン』感想(とマンガ)

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  • 昨晩見た韓国映画『ベテラン』、あまりに最高すぎて漫画まで描いてしまいました。昨日お絵描きソフトの「CLIP STUDIO」を買ったので、その練習も兼ねて…。映画の漫画なんて初めて描きましたが、なかなか楽しかったです。また描こうかな…。

  • 漫画だけだとアレなので、映画の感想もネタバレ控えめで軽く書いておきます。監督はスパイ映画『ベルリンファイル』を撮ったリュ・スンワン。重厚な社会派サスペンスを得意とする監督のようですが、本作『ベテラン』ではガラッとタッチを変え、スリルあり笑いありのエンタメ活劇に仕上げてきました。

  • あらすじは漫画に描いたので省略しますが、とにかく最初から最後までお客さんを楽しませようとするパワフルな心意気にあふれた、痛快で気持ちの良い映画でした。決してスケールの大きな話ではないし、奇をてらったストーリー展開もないのですが、十二分に満足して帰ることができるでしょう。めちゃくちゃオススメの一本です。

  • というか主人公のドチョルを演じるファン・ジョンミン、『新しき世界』でチョンチョン兄貴を演じた俳優さんだったのですね!あの役は素晴らしかった…。人懐っこくて性格も気さくで明るい(名前もかわいい)のですが、その一方、めちゃくちゃ暴力的で怖い、っていう闇を抱えた凄まじいキャラクターでした。

  • しかし本作では打って変わって、愚直なまでの正義に燃える熱血刑事を演じていました。とはいえ暴力的なのはあんまり変わらず、その手腕の荒っぽさが警察内で問題になったりもしてます。冒頭ではそんな荒くれ刑事ドチョルたちの体を張った大立ち回りが、キレのあるアクションとともにテンポよく描かれていく。ゆるめのギャグもいいアクセントになっていて、「今回はお気楽なノリでいくのかな?」と一瞬思わされます。

  • しかしドチョルの参加したとあるパーティのシーンで、大財閥の御曹司チョ・テオがその凶悪な本性を剥き出しにするや否や、映画の空気は一変します。こいつがまた、最近だとちょっと似た例を思いつかないくらいにマジで邪悪な真性のクズ野郎でして…!

  • ユ・アインという綺麗な顔立ちの人気スターが演じているのですが、その演技が実に強烈で、とにかく「こいつは今すぐ何とかしないとヤバイ」という雰囲気をプンプンに匂わせていました。ラスボスをこんなにきっちり「邪悪なもの」として描いた作品、けっこう久しぶりに見た気がしますよ。

  • その邪悪さが爆発するのが、ドチョルの友人であるトラック運転手さんが、給料の不払いを理由にチョ・テオの会社に(子連れで)直談判しにいくシーンです。詳しくは書きませんが、この場面でチョ・テオが運転手さんに対して行うのが、まさに「まさに外道」としか言いようがない仕打ち…! 観客のはらわたをグツグツと煮えたぎらせてくれます。

  • 社会的に弱い立場にいる人の必死の訴えを、無残にも踏みつけにしてあざ笑う権力者…。まさしく荒木飛呂彦先生の言う「吐き気を催す邪悪」の条件をオールクリアしてるクソ野郎なわけですが、逆に言えば物語の悪役としては完璧ということです。(三池崇史十三人の刺客』のラスボスなんかもちょっと連想しました。)ここでチョ・テオの「邪悪さ」をしっかり描けているからこそ、「これからドチョルと仲間たちがどうやってあのクソ野郎をギャフンと言わせるのかな…?」と観客のテンションが上がっていくのですね。

  • ドチョルは早速その事件を嗅ぎつけて友人の仇を討とうとするのですが、敵は何と言っても韓国トップクラスの大財閥…。唸るほど金を持っているので、ドチョルの周囲の人々をガンガン買収しにかかります。

  • とても秀逸だと思った場面が、チョ・テオの右腕がドチョルの妻を買収しにくるくだり。結果的にはドチョルの妻は「なめるんじゃない」とばかり、見事に敵を追っ払います。「後悔するぞ」と脅された後に言い返したセリフもすごくカッコよくて、スカッとしました。しかしその後ドチョルに漏らした言葉は、庶民の実感の伴った、非常に心に刺さるものでした…。「金」というものがもつ暴力性を思い知らされると同時に、「金で人の心を買おうとする外道ども、許すまじ!」とボルテージが一気に上がっていきます。

  • 重要なのは、この残酷な構図がフィクションでもなんでもないってことなんですよね。というのも韓国では現実に、本作のチョ・テオが所属するような財閥グループが絶大な影響力を持っていて、政治や経済、マスコミや警察といった機関を文字通り「掌握」しているのです。

  • この映画の意義深い点は、スリリングな活劇という形を通して、その韓国最大の「闇」ともいえる財閥グループの問題に深く切り込んでいるところ。昨年の「大韓航空ナッツリターン事件」のように、財閥のバカ息子たちの傲慢きわまりない振る舞いも実際に起こっていることです。『ベテラン』は、財閥との関係がズブズブになっているエンタメ界に対する自己批判も含めた、極めて批評性の高い作品になっているのですね。

  • そのような深刻なテーマを扱えばどうしたって重苦しい映画になりそうなものですが、『ベテラン』が素晴らしいのはあくまでポップな「エンタメ」として主題を昇華している点。登場人物たちに感情移入していくうちに、韓国社会(もちろん日本だって全く他所のことは言えませんが)における「人を人とも思わない」仕打ちに対して、まっとうな「怒り」が自然に湧いてくるようになっている。その点だけを見ても、「社会派エンタメ」としての役割を完璧に果たしていると思います。

  • 何よりスリル、笑い、感動といった「エンタメ」に必要なあらゆる要素のレベルが総じて高く、韓国でメガヒットしているのも当然だと感じました。決して奇をてらった作品ではありませんが、こうした「弱者に共感し、正義を貫き、邪悪な強者に報いを与える」という誠実なテーマの映画が歴代最高クラスにヒットしてるなんて、韓国の映画界は健全だなぁと思います(別に日本の映画界に対して皮肉を言っているのではなく…)。こうした社会派エンタメを皮切りにして、後に続く映画人たちも、よりクリティカルな作品を作りやすくなることでしょうし…。今後も韓国映画の動向はチェックしていかなければ、と気持ちを新たにしました。

  • 願わくば日本でも『ベテラン』、もっと多くの人に見てもらえると良いんですけどね…。微力ながら、冒頭の漫画はそんな気持ちをこめて描きました(微力すぎるだろ)。まぁそんなこと言って、実は私も見逃すところだったんですが…。コメント欄で本作について教えてくださったladylossa_さん、どうもありがとうございました。
  • そろそろくたびれたので終わりますが、ほんとにメチャクチャ面白いのでぜひ!…ベテランはいいぞ(ガルパンはいいぞ風に)。ではまた。