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沼の見える街

ぬまがさのブログです。おもに映画の感想やイラストを描いたりしています。

『ボーダーライン』感想

映画
  • メキシコ麻薬戦争を描いたサスペンス映画『ボーダーライン』(原題:Sicario)の感想です。角川シネマ有楽町、1000円。ヒリヒリするような緊張感と残酷な暴力性に満ちた恐ろしい作品ですが、不思議な美しさを感じられる稀有な映画でもありました。「メキシコ麻薬戦争ものにハズレなし」という格言がありますが(ない)、そうした期待を裏切らない面白さを味わえました。
  • 監督はカナダ出身のドゥニ・ヴィルヌーヴ。発音しづらすぎる名前ですが、非常に優秀なベテラン監督です。特に一昨年の『プリズナーズ』は素晴らしい出来栄えのサスペンスでした。娘を誘拐された優しいお父さんが、だんだん暴力性に満ちた獣のような存在に変貌していく様を、胃がキリキリするほどスリリングに描いた秀作です。(あらすじだけ聞くと『96時間』みたいですが全然違います…。)ぜひ見てね。
  • 主演はエミリー・ブラント。『オール・ニード・イズ・キル』でトム・クルーズの師匠的存在である勇猛なヒロインを演じていた女優さんですね。今回は、激務により若干くたびれた雰囲気を漂わせながらも、正義感を決して失わない凛々しい主人公・FBI捜査官ケイトを好演していました。
  • 冒頭の場面からして緊張感がただ事ではありません。荒野の中にぽつんと佇むボロい一軒家に、ケイトたちFBIの警官が大挙して突入する。屋内の犯人たちに撃たれそうになりつつも逆に彼らを撃ち殺し、なんとか場を制圧するのですが、壁の中からは変わり果てた姿となった大量の人質たちが見つかります。さらに中庭の小屋で突然巻き起こる、とある出来事…。このくだりのハラハラ感はとんでもなくて、開幕早々、手汗がすごいことになります。冒頭で派手にぶちかますことで、「この映画はこれから何が起こってもおかしくない」というドライ&シビアな空気の中に一気にひきずりこまれました。これができていればサスペンスは8割がた成功ではないかな、と思います。
  • 上述したように、本作で描かれるのはいわゆる「メキシコ麻薬戦争」という社会問題です。現在、メキシコという国は世界一危険な場所の一つになってしまっているんですね。というのも、メキシコの麻薬カルテルと警察との戦いや、さらにカルテル同士の内輪揉めが日夜繰り広げられていて、治安の悪さがとんでもないことになっているのです。詳しくは好著『メキシコ麻薬戦争』(ヨアン・グリロ:著)だとか、ドキュメンタリー映画『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』や、超名作ドラマ『ブレイキング・バッド』などを参照していただければと思います。いずれもメキシコがこの世の地獄として描かれている点で共通しており、マジで絶句ものです…。
  • そんなヤバすぎるメキシコの中でも究極にヤバイ街が「シウダー・フアレス」という街です。現在「世界で2番目に危険な街」という嬉しくなさすぎる称号をゲットしている街ですが、『ボーダーライン』はここが舞台なんですね。ケイトは冒頭の修羅場をくぐり抜けた後にFBI本部から呼び出しを受け、微妙にうさんくさい上官マットから、カルテルのボスを逮捕する作戦に参加するよう命じられます。正義感の強いケイトは訝しみながらも承諾するのですが、正体不明の男アレハンドロと一緒に飛行機で連れて行かれた場所が、その世界一ヤバイ街「シウダー・フアレス」だったのです。
  • この街がどんなにヤバイ場所なのか、ネットで調べればいくらでも出てくるんですが(死者何万人とか殺人事件の件数とか)、本作ではその恐ろしさが言葉で説明されるわけではありません。というか、説明不要なんですよね…。だって街に入った直後に、四肢の欠損した屍体が高架道路からいっぱい吊り下げられている図を見せつけられるんですから…。あまりの「説明不要」っぷりに、不謹慎な笑いがこみあげてくるほどでした。メキシコの麻薬カルテルは自分たちがいかにヤバイかを誇示するために、とにかく残酷な手段に訴えて街の人々に恐怖を植え付けるのです。圧倒的な悪意と暴力性がひそんでいる「街」の不気味さと恐ろしさを、ビジュアル一発で表現するという凄い場面でした。
  • その後、フアレスの出口で、捜査官たちが渋滞に巻き込まれる場面の緊迫感も凄まじいです(しかし世界一巻き込まれたくない渋滞だな…)。捜査官たちは大量の車の中から、自分たちをぶっ殺そうとしている刺客が乗っている車を見つけなければいけない。しかしだからといって、自分達から積極的に攻撃を仕掛けるわけにはいかない。そうした状況下で繰り広げられるヒリヒリするような駆け引きと、戦いの無慈悲な帰着が見ものでした。
  • そしてついに大捕り物が決行されることになり、終盤にかけてお話がどんどん思いもよらない展開に転がっていきます。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の面目躍如というべきか、人の暗部を叩きつけるようなドス黒い展開が待ち受けているので、お好きな人は期待(or覚悟)してください。緊張感と悲哀に満ちたラストバトルは必見です。もっと深い考察とかするべきなんでしょうが、今日はくたびれたのでこの辺で…。宇多丸さんのラジオ評も楽しみですね。ではまた。