沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『ヒメアノ〜ル』感想

  • 映画『ヒメアノ〜ル』の感想です。TOHOシネマズ新宿、1100円。めちゃくちゃ怖くて残酷で、しかし一抹の優しさもあって、とにかく素晴らしく面白かったです。公開直後なのでなるべくネタバレはなしで語ろうと思います…。
  • 古谷実の同名漫画の映画化で、監督は『麦子さんと』『馬車馬さんとビッグマウス』『銀の匙』などの吉田恵輔です。原作漫画は既読ですが、読んだのがけっこう前なので話はわりと忘れちゃってましたね…。まぁ新鮮にストーリーを味わえてよかったんですが。
  • この映画、まず予告編が実にユニークです。前半は「ちょっと変わったラブコメ」っぽい感じでメインキャラの3人の恋模様が紹介されていきます。このあらすじ自体に全く嘘はないんですが、後半からいきなりガラッと調子が変わり、森田という男が現れると同時に、急に血なまぐささが全開になるんですね。映画自体の作りもこの予告編とかなり近いものがあります。
  • 冴えない主人公・岡田を演じる濱田岳は、いつも通り上手い。ちょっとした間の取り方が見事で、もはや「平凡で冴えないけど善良な一般人」を演じさせたら彼の右に出るものはいないと思います。ヒロインの佐津川愛美とのアンサンブルも良くて、ほんわかさせてくれますね。(だからこそ後半ある事実が明らかになった時、観客は岡田と一緒に「うわーー」というなんともいえない気持ちを味わうことになるわけですが…。)
  • バイト先の先輩を演じるムロツヨシも素晴らしかった。すぐに後輩の岡田君に頼るし、思い込みは激しいし、女の子にストーカーまがいの行為をするし、長所がひとつとして存在しないような実にロクでもない人物なんですが(言いすぎたかも知れない)、どこか憎めないところもあります。公園でのシャウトシーンは爆笑ものでした。ひたすら陰惨なこの映画における清涼剤…というにはあまりにも爽やかさに欠けてはいますが、ムロツヨシさんがそんな難しい役どころを怪演していました。
  • そして何と言っても今回の最重要人物は、連続殺人犯の森田を演じる森田剛ですね。(名前が同じなのはあくまで偶然だそうで、実際に原作でも森田は森田です。)V6の森田剛といえばスーパースター中のスーパースターなわけですが、本作の森田からはそんなスター性は一切感じられません。ボサッとした佇まい、すべてを諦めたような目、抑揚はないけど荒っぽい喋り方、汚れた金髪、ガサガサした肌、もう何から何まで「荒んでいる」という表現がぴったりなんですね。この役作りが本当に素晴らしい。
  • 最初にカフェで姿を現した時点で「あっこの人ヤバいな…」と思わずにはいられません。ヒロインの子にストーカー疑惑をもたれたことをきっかけに、高校の同級生だった岡田と絡んでいくことになるんですが、彼が出てくるだけで画面の空気がぴーんと張り詰めます。お年寄りに「ここは禁煙だよ」と注意された森田が静かにキレていくシーンとか、「うわぁ〜こういうキレ方する人いるいる…」って感じてめちゃ怖かった…。岡田と森田が飲み屋で会話をするシーンの緊迫感もすごい。直前に言ったことの矛盾を岡田に指摘されて「言ってないよそんなこと」と即座に無表情で返すくだりもヤバかった。
  • そして中盤の折り返し地点(あえて書きませんがここの演出はすごくビックリすると思います)以降、森田が徐々に壮絶なまでの暴力性をむき出しにしていき、映画の過激さがどんどん凄まじいことになっていきます。特に駒木根隆介と山田真歩の演じるカップルが(『サイタマノラッパー』コンビ!)、岡田と関わったことでとんでもないことに巻き込まれていくシークエンスは絶句ものでした…。
  • 通常、フィクションにおける「殴打」ってどちらかというと「痛くない」部類に入る描写というか、わりとアッサリ描かれることが多いですよね。バットとか角材とかで殴る描写って漫画や映画にもよく出てきますけど、そんなに深刻なダメージとして表現されることはあまりない。でも本作では、「殴る」「殴打する」という行為が持つ暴力性が「これでもか」とばかりに執拗に描かれるわけです。
  • 特に森田が、恐怖と痛みで失禁してしまった山田真歩さんをガンガンガンガン殴りつけていくシーンの「ひどさ」といったらないです。ここは森田さんも(役名と役者名が同じなせいでなんか虚実の境目が曖昧になっていますが…)演じていて本当に辛かったそうで、ペットショップで可愛い動物を見て精神のバランスをとっていたそうな…。そりゃそうだろうな、と思います。
  • 本作の暴力シーンは誰が見ても「凄惨」としか思えないような描き方がなされているのですが、それはある意味で「誠実」なことでもあります。たとえば中盤で森田が理由もなくその辺の女性に暴行をはたらくんですが、その人が生理中だったため、剥ぎ取った下着が血で汚れているのを見て「げっ」とばかりに顔をしかめる、という場面があります。もうほんとマジで「ひどい」としか言いようのないドン引き必至の陰惨なシーンなわけですが、しかしその「陰惨さ」こそが暴力というものの正体なわけですからね…。そこを逃げずに描いているのは露悪趣味というよりも、暴力を安易にカッコよく描いてしまう近年のエンタメとは一線を画する、誠実な姿勢のためなのだと思います。
  • またその陰惨な暴力性というものは、決してひと握りのサイコ野郎が生まれながらにして持っているのではなく、あらゆる人の中に潜んでいるということも作中で繰り返し暗示されます。特にわかりやすいのは中盤、森田の殺人シーンと岡田のセックスシーンが並行して描かれるくだりです。欲望の赴くままに人を殺す森田と、欲望に押し流されて性行為にふける岡田、二人の行為は意図的に「よく似た」ものとして描写されていました。
  • また、森田が高校で悲惨ないじめを受けていたことや、そのことによって心に取り返しのつかない傷を負ったことも、幾度となく描かれます。森田だけではなく人は皆、誰かの一生を台無しにしかねない「暴力」を内に秘めている。だからといって、殺人を繰り返す森田に同情の余地を残すような作りにはなってはいません。しかし決して、安全圏から「森田こわいね」と片付けて帰れるような映画でもありません。何か自分の中にガリッとひっかかっている「人を傷つけた」「人に傷つけられた」記憶を呼び覚まされるような、恐ろしい作品なのです。そしてその傷が安易に「癒される」ような物語では、まったくありません。
  • しかしそれでも、本作『ヒメアノ〜ル』にはどこか優しい視点があります。罪のない人も罪のある人もガンガン死んでいくむごい話ですし、目を背けたくなるようなキツい暴力描写もたくさんあります。終わり方も決して明るいものではありませんし、「後味が悪い」という感想があるのも理解できます。それでも本作を観た後、私は心に暖かい感情が残りました。
  • たとえば「キモい先輩」こと安藤さんは終始キモいままで、ほとんど全く成長もしません。しかし冒頭で彼が言ったある(陳腐といえば陳腐な)セリフが、映画を見終わった後になんとなく心に響いてくる。また途中とある事件に巻き込まれて重傷を負った安藤さんの言葉に、なぜかグッときてしまう。それはやっぱり、こうしたキモくてダメで冴えなくて、しかし根っこの部分では優しい心を持った人々に対する、作り手の暖かい視線があるからだと思います。人として大切なものを投げ出してしまうよりは、どんなにキモくてダメで情けなくても、「人間」であったほうがいいんだ…という確固たる意図を感じました。
  • そして森田と岡田の因縁が決着を迎えた後、映画のラストに彼らのとある思い出が映し出されるわけですが、楽しそうにしている二人を見て、なんともいえず切なく悲しい気持ちになります。「何か少しでも違っていたら、別の結末もあったのかな…」と思わずにはいられないような、哀しすぎる希望がそこには提示されていました。こんなに惨たらしく残酷な映画なのに、「周りの人にはなるべく優しくしよう」という感情が自然と湧き上がってくる点が素晴らしいし、これぞ「映画を観る意味」のひとつだよなと思います。
  • 長くなったのでこの辺で終わりにしておきますが、ある程度のグロ耐性がある人には全力でオススメしたいです。なんか文章が硬くなっちゃいましたが、ギャグシーンは普通にめちゃ笑えますし、怖いところは超怖いし、泣ける部分も多くて、エンタメ映画として抜群に面白いですからね。まだ公開されたばっかりですが、ぜひ(怖いもの見たさでもいいから)ご覧になってみてくださいませ。それでは。

2022年10/7追記

この記事、なぜか6年たった今も定期的にgoogle経由でアクセスがあるようで、どういう経緯でたどり着いているんだろう…と不思議だ。

amzn.to