読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

沼の見える街

ぬまがさのブログです。おもに映画の感想やイラストを描いたりしています。

『シング・ストリート』感想

f:id:numagasa:20160725191141p:plain

アイルランドの高校生がバンドを組む映画『シング・ストリート』の感想です。しばらく前に観て以来すでにTwitterで絶賛しまくっていますが、まとまった感想を書いておきますね。もう最初に言っちゃいますが「最高」のひと言でしたし、今年ベスト級の一本がまた来てしまったな、という感じです。公開から時間が経っていますし、ネタバレで何かが損なわれるタイプの映画ではないと思うので、ネタバレ強めで語り倒したいと思います。

・監督は『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』などの秀逸な音楽映画を大ヒットさせてきたジョン・カーニーです。映画自体の面白さももちろんのこと、劇中で使われる音楽のクオリティが極めて高いことでも知られています。カーニー監督は故郷アイルランドのロックバンドでベースを弾いていたり、MVを撮影したりと音楽活動にも関わっていたため、「演奏/作成する側」としての造詣も非常に深い。よって本作『シング・ストリート』も、劇中に登場する曲がめちゃくちゃ素敵です。鑑賞後に速攻サントラをiTunesで買って以来ずっとヘビロテしています。

・カーニー監督は、「音楽の力とはなんなのか」という命題に対してものすごく自覚的な作り手なのだと思います。まず冒頭、コナーくんがギターを弾きながら曲を作っているシーンから始まるんですが、部屋の外から両親の大ゲンカの声が聞こえてくるんですね。「またかよ、勘弁してくれよ」というウンザリした表情を浮かべながらも、父の「嫌ならさっさと出てけ!」みたいな母に対する罵詈雑言を、そのまま歌詞にして歌をつけてみたりしています。

・この冒頭からもう、はっきりと作品のテーマを打ち出していますよね。現実はウンザリするような抑圧に満ちていて、ちっとも思い通りにはいかないけど、その抑圧や鬱屈を「歌にする」ことで、音楽活動のエネルギーに変えたり、美しい曲を作ったり、悲惨な現状をユーモラスにとらえたりすることができる。こうした音楽の力が、映画の中で繰り返し描かれていくことになります。(2回目を観たとき、この冒頭ですでに涙ぐんでしまいました。)

・とはいえ、湿っぽかったり説教くさい映画ではまったくないというのも素晴らしいところです。80年代アイルランドの大不況の余波を食らって、コナーくんは学費の安い公立高校にムリヤリ転入させられてしまうんですが、その高校がいかにガラが悪いかをUKのハードロック「ステイ・クリーン」をBGMにして見せていきます。学級崩壊ぎみのクラスを映しながら曲が終わるとともに、バーンと映画のタイトルを提示するくだりとか最高に上手い。全編がこうした、どこか突き放したようなカラッとしたユーモアに満ちていて、とても軽快な映画です。

・コナーくんはいじめっ子のバリーに殴られたり、意地悪で厳格な校長に脅されたりしながら、これまたウンザリした学園生活を送ることになりますが、そんなある日ラフィーナという大人びた女の子に出会います。そして彼女に気に入られるために、仲間を集めて新生バンド「シング・ストリート Sing Street」(学校名のSynge Streetとかかってる)を結成することになる。この流れがリズミカルでギャグにも満ちていて、とっても楽しい。

・バンド仲間では、特にギター担当のエイモンくんが魅力的でした。酒乱の父親と過保護な母親を持ち、友達はペットのウサギだけという、ある意味コナー以上にハードな家庭環境で育った少年ですが、どこか飄々とした空気を漂わせています。コナーとエイモンのバディ感が最高で、2人が新曲を作るシーンではまさに「音楽が生まれる瞬間」を目の当たりにしているという感動がありました。

・他にも「何かあれば俺にコールしな(電話はないので窓から呼んでね)」が決め台詞のプロデュース担当ダーレン、黒人だからという雑すぎる理由で勧誘された(でも実際キーボードが上手な)ンギグ、リズム感に自信のある謎めいたコンビのギャリーとラリーなど、みな魅力的なメンバーばかり。出番は少なめなので「こいつらの描写がもっとほしかった!」という意見があるのもわかるんですが、最低限の描写で「きっとこういう奴らなんだろうな」と観客の想像をうまく膨らませてくれていたと思います。

・そんな新生バンド「シング・ストリート」とラフィーナが生み出す曲の数々が、とってもキュートでノリが良くて、何度聞いても飽きません。「モデルの謎」の手作り感、「ア・ビューティフル・シー」の爽やかさ…。思いっきり当時のバンドの影響を受けながらも、音楽を奏でることの瑞々しい楽しさが伝わってくる曲ばかり。さらにテーマ曲にもなっている「アップ」が最高なのは言うまでもありません(素人バンドなのにうますぎだろ!という野暮なツッコミも聞こえてきますが…)。

・そして本作のMVPといえるのがコナーの兄貴、(ジャック・レイナー演じる)ブレンダンでしょう。大学を中退してひきこもり生活を送っているんですが、音楽の知識が実に豊富で、コナーのメンター(指導者)になってくれる超カッコいいロックな兄貴です。「ロックンロールはリスクだ。嘲笑されるリスクを負え。Rock n Roll is a risk. You risk being ridiculed.」という、サントラの冒頭にも入っているほどの名フレーズを筆頭に、コナーの良き理解者として、ときに厳しくときに優しく、ロックを探求するための道しるべとなってくれます。

・しかしだからこそ、そんなカッコいいブレンダン兄貴が、両親の不仲に対していちばん胸を痛めていたということがわかるシーンは切ない。アイルランドは保守的なカトリック教会が現代でも主流ですが、作中の80年代にはなおさら圧倒的な影響力をもっていました。離婚がカトリックの教条として禁止されているため、たとえ夫婦の仲違いが深刻になっても離婚することが不可能なんですね。抑圧的な家庭環境を育みやすいシステムだと言えます。

・ブレンダン兄貴はそうした家庭事情の中で引き裂かれ、大学をドロップアウトしたりしながらも、なんとかロックンロールを心の支えにして頑張っていた。しかし両親がついに別居することを決めると、ブレンダンはコナーに当たり散らし、あれほど大好きだったロックのレコードを「こんなものになんの価値がある」とばかりに投げ捨てて叩き割ってしまい、人としての弱さを見せてしまう。尊敬する兄貴のそんな姿を見せつけられ、ひとり涙するコナーの姿には胸が張り裂けそうになります。

・だからこそ中盤の「ドライブ・イット・ライク・ユー・ストール・イット(盗んだみたいにかっ飛ばせ!)」を歌うシーンが、悲しくも素晴らしい。間違いなく本作の白眉だと言っていいでしょう。両親は不仲、兄貴は挫折し、そのうえ大好きなラフィーナは約束したMV収録に姿を現さない。そんなあまりに冴えない現実の中で、コナーは精一杯楽しいパーティの妄想をしながら自分の曲を歌います。

・その妄想の中ではラフィーナはオシャレをして現れ、意地悪な校長はバク転をしながらファンキーに入場し、仲が最悪の両親はニコニコしながら手を取り合って踊り、やさぐれている兄貴はかっこいいバイクに乗りながらビシッと決めてやってきて、ラフィーナのヤクザな彼氏を追い払ってくれる。現実が最低だからこそ、コナーはせめて空想の中だけでは最大限の幸せを描きます。

・ノリのいい曲と希望に満ちた歌詞と幸せな光景が、現実と照らし合わせると逆に悲しくて泣けてしまうんですが、これもまた「音楽の力」を描いている場面でもあるんですよね。たしかに現実逃避かもしれないけど「悲しみの中にも幸せを見出す」(作中のキーワードの「ハッピーサッド」)を体現しているわけですから。

・その意味で、クライマックスのライブシーンは感動的でした。しょせんは文化祭的な催しなので、お客さんもそんなにすごく盛り上がっているわけではなく、バラードを歌いだすとどこかに行ってしまう…みたいな反応もリアルでした。それでもアップテンポな「ガールズ」など、これまでの何気ない伏線をうまく生かした曲の数々がどれも非常に魅力的で、ついつい体でリズムを刻んでしまいます。

・そして最後、意地悪で厳しい校長に捧げた『ブラウン・シューズ(茶色い靴)』という歌はとにかく最高でした。これこそ「人生のウンザリするような出来事や、権力からの抑圧」を昇華する、という音楽(そしてアート全般)がもっている力を見事に表現した、本作を象徴するようなシーンで、すごいカタルシスを感じました。

・そしてもうひとつ重要な点が、他のバンドの真似ばかりしていたコナーがついに「自分の音楽」を見つけたということ。最初は憧れの女の子に好かれたい(もてたい)という適当な理由で音楽を始め、そのとき人気だったミュージシャンに憧れて色々なバンドに影響を受けたりかぶれたりしながら続けてきた。しかし紆余曲折を経て、ついには自分の人生、自分の鬱屈を歌に変換することで、自分を取り巻く権力に対してささやかな、しかし確かな反抗を実行した。つまりコナーは自分の「ロックンロール」を見出して、ライブを終えます。

・そしてそこからラストになだれ込むわけですが、これがまた本当に素晴らしかった。さすがにネタバレなので詳しくは書けませんが、あるひとつの「旅立ち」が描かれます。今時珍しいくらいド直球のハッピーエンドというか、ハッピースタートというか、「さすがにちょっと無理があるだろ!」という声が聞こえてこなくもないラストなんですね。でも、だからこそ素晴らしいんだと声を大にして言いたいです。

・作中の歌詞にも出てきますが、「きみはどこにでも行ける」「きみは何にでもなれる」なんていう言葉は、ある意味では欺瞞であり、嘘っぱちの絵空事に聞こえるかもしれない。それでも音楽の、そして映画の作り手たちが、「きみはどこにでも行ける」「きみは何にでもなれる」という希望を心から信じて、全力で人々に伝えようとしなければ、他の誰に伝えられるんだ…というような、高潔で熱いスピリットを感じました。最後に流れる曲の「Go Now」のなかに、その魂が集約されていると思います。歌詞を書いたのが(おそらく)ブレンダン兄貴だという設定も相まって、この素晴らしく美しい映画を締めくくる曲として10億点としか言いようがありません。

・まだまだ語り足りないのですが、長くなったのでこの辺で終わります。余談ですが、この『シング・ストリート』を含め、いま公開中のいくつかの映画がとても興味深いテーマの重なりを見せている、という点には言及しておきたいです。おなじくアイルランドを舞台にして移民をテーマに据えた『ブルックリン』、家族という名の呪いを容赦なく徹底的に描いてみせる邦画『葛城事件』、故郷からの脱出をフェミニズム的な視点から瑞々しく描き出したトルコ映画『裸足の季節』、いずれも素晴らしい傑作であり、互いに関連付けて語りたい気もするのですが、またの機会ということで…。4000字こえてしまいましたが、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございます。ロックンロール!!