沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『ロマンス』観た!

f:id:numagasa:20150904001941p:plain

  • タナダユキ監督、大島優子主演のロードムービー『ロマンス』を観た。新宿武蔵野館、1100円。キレのあるユーモアと悲哀に満ちた、とても良いコメディ映画だった。
  • 新宿と箱根を往復する「特急ロマンスカー」の優秀なアテンダント・鉢子が主人公。鉢子はある日、うさんくさい中年男が車内販売のワゴンからお菓子を盗む現場を目撃する。即刻つかまえて問い詰めるも、中年男はしゃあしゃあとシラを切り、しまいには駅から脱走!箱根の町を逃げ惑う中年男!追う鉢子!そうこうしているうちに事態は思わぬ方向へ転がっていき、いつの間にやら始まる二人の箱根珍道中…!という内容のお話。
  • 監督は『ふがいない僕は空を見た』のタナダユキ蒼井優を主演に据えたビターな秀作『百万円と苦虫女』以来、オリジナル脚本は実に7年ぶり。シビアかつユーモラス、リアリティ溢れる人間ドラマに定評のあるタナダユキ監督が、今回光をあてるのは、本作が初の主演映画となる元AKB48大島優子。比較的小規模な公開とはいえ、各方面から注目されている作品だと思われる。
  • 突然の脱線だが、私はAKBはまったくの無知と言ってもいい。だがそんな私でもかろうじて前田敦子大島優子だけは顔と名前が一致する(すぐ大島弓子って言いそうになるけど)。…とはいえ、歌ったり踊ったりしている姿を見たことがないため、アイドルとしての印象はなく、どちらも「女優」として映画に出ている姿しか知らない。
  • 私の中では、前田敦子は『苦役列車』で森山未來に頭突きをくらわせたり、『クロユリ団地』で発狂したり、『もらとりあむタマ子』でゴロゴロしてる人というイメージしかない。そして大島優子は、『紙の月』のチャラくてたくましい銀行員のイメージしかない。どれも「アイドル」としてのイメージを逆手に取ったような役ばっかりなので、全然過去を知らない身としては、前田さんや大島さんがキラキラした笑顔で元気に歌ったりしてる姿がイマイチ想像できないんですよね…。面白い逆転現象だけど、何か損をしている気がするな…。彼女らの全盛期を知らない人々のために、一周回ってガチの「アイドルもの」映画とかやってくれないだろうか。無理か。脱線おわり。
  • そんなアイドル弱者の意見で恐縮ではあるけど、本作の大島優子、とても良かったです。聞きかじりの情報をまとめるに、この大島さんという人は、すごく強いリーダーシップをもっていて、優秀で天才でしかも努力家で、AKBという大所帯を引っ張るような存在だったわけですよね。
  • 「できてしまう」人ならではの孤独や、誰にもわかってもらえない苦悩。人生の岐路に立ってはいるが、でもどこか中途半端で宙吊りで、一歩踏み出せない感じ。大島優子の実人生のそうした側面が、この鉢子という主人公を通じてクリアに結晶化されているのだろう。現に、タナダユキ監督は完全に大島さんをイメージして「鉢子」を作り上げたとのこと。「いま現在の大島優子」をカメラに収めることに意義のある映画なわけで、だから本作はある意味、大島にとっての『もらとりあむタマ子』だともいえるのではないか…と続けようと思ったけど生半可な考察はやめておこう。よく知らんしな、大島さんのことを…。
  • でも、たとえアイドル的な文脈をよく知らなくても、一級のコメディドラマとして素直に楽しめる作品。母親に対する葛藤を抱えた鉢子が、うさんくさくてお節介なダメ男・桜庭との旅を通じて、少しずつ自分や母親を受け入れていく様が、決して押し付けがましくならずにテンポ良く描かれる。
  • 本作はロード・ムービーであると同時にバディ・ムービーでもあり、相棒(バディ)の桜庭を演じる大倉孝二の演技も絶品。この人物の「こういう人いるんだろうな感」ったらない。万引きはするわ言い訳はするわ、本当にろくでもないおっさんなのだが、ギリギリの線で憎めないし、旅を続ける間にだんだん好ましいおっさんに思えてくるのがすごい(鉢子の感情の変化とシンクロ)。大倉の立て板に水の話術や(蕎麦屋のシーン最高!)、二人の掛け合いは聞いているだけで楽しくなる。
  • とはいえ楽しいだけではなく、たとえば途中のラブホテルのシーンでは、ドスンと重い人生の一面も描かれる。すべてが完全に行き止まりに思えてくるような、絶望的な長回しのショット。だがそこにふと訪れる「ある声」がもたらす笑いが、登場人物にも観客にも大きなカタルシスを生み、爆笑しながらも泣けてくる。詳しくは書かないが、この「声」が聴こえてくるシーンは(心底くだらない一方で)ものすごく「映画的」な演出がなされていて、そこもまた感動的な点なので、やはり本作はDVDとかではなく映画館で観た方が良いと思う。
  • まったく書き切れなかったが、もう遅いので終わる。こういうコメディ邦画というのは、すでにほとんど死に絶えつつあるジャンル。にもかかわらず、これほどの完成度を誇る逸品を撮ったタナダユキ、さすがの風格というしかない。なので大島弓子…じゃなかった(普通に間違えた)、大島優子ファンのみならず、すべての映画ファンにぜひチェックしていただきたいと思う。なぜ本作が「箱根のマッドマックス」なのかを説明しようかと思ったが、眠いのでやめておこう。だがラストには、大倉孝二トム・ハーディに見えてくるはず(個人差があります)。それではまた。