沼の見える街

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『黄金のアデーレ 名画の帰還』感想

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  • 映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』(原題:WOMAN IN GOLD)を観ました。TOHOシネマズシャンテ、1100円。とても面白かったです。
  • オーストリアの画家グスタフ・クリムトの絵画を巡るお話ということで、お上品で小難しい感じの映画なのかな~と思ってたんですが、実際はストレートに燃える王道の展開で、退屈せずに観られました。「帰還」というよりは「奪還!」っていうノリでしたね。
  • ちなみにこの物語は実話がベースになっています。ロサンゼルスに住んでいるマリアという老婦人が、「オーストリアモナリザ」と呼ばれるほど有名なクリムトの絵画を、自分の手に取り戻そうとするというお話です。
  • その絵画《アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像Ⅰ》は、オーストリアの首都ウィーンにあるベルヴェデーレ宮殿に飾られていました。しかしその肖像画に描かれている女性・アデーレの「姪」にあたるマリアは、その絵の正当な持ち主が自分であることを主張します。その絵が第二次世界大戦中、ナチスによって不当に奪い去られたものであることをマリアは告発し、自分のもとに絵を返還するようオーストリア政府に要求するのです。
  • しかし相手は何と言っても「政府」…。オーストリア人のアイデンティティと言っても過言ではない肖像画を、簡単に手放すわけはありません。しかしナチスの弾圧から逃げ延びてアメリカに亡命したマリアは、家族の数少ない財産であり思い出でもあるその絵画を「返還」させることを、どうしても諦めきれない。
  • そんな無茶な「返還作戦」のために声をかけられたのが、本作のもう一人の主人公であるランディ・シェーンベルク。若い新米弁護士で、オーストリアのこれまた有名な作曲家シェーンベルクの「ひ孫」にあたる人物です。会社の上司に命令されたランディは、マリアの無謀な挑戦をムリヤリ手伝わされることになります。
  • 伝説の画家クリムトに描かれた美女の姪、そして天才音楽家シェーンベルクの曾孫…。オーストリアにルーツを持つアメリカ市民のコンビが、オーストリア政府を相手取って一世一代の戦いを挑むのです。実話なのが信じられないほど劇画チックな筋書きで、ついテンションが上がってしまいますね。扱うテーマは深刻ですがその一方、軽妙な「バディムービー」として楽しむこともできる映画です。
  • まず、ヘレン・ミレン演じるマリアのキャラクターが魅力的でした。ランディとの(すっとぼけてはいるけど)丁々発止のやりとりが楽しい。「そんなくもったメガネで見えるの?」とか言いつつランディの眼鏡を奪って拭くチャーミングな仕草はアドリブだったそうな…。いつもシニカルなジョークを飛ばして明るく振舞っているのですが、その心の奥には、ナチスの圧政によって日常を踏みにじられ、家族や財産を失ったことへの悲哀が隠れています。
  • ところで訴訟を起こした当時、現実にはマリアは82歳(!)だったということを知って、ヘレン・ミレンだとさすがに若々しすぎるのでは?と思ったんですが、パンフの写真を見たら実際のマリアさんもすごく溌剌とした雰囲気だったので、これで全然問題ないんじゃないでしょうか。たくましさと哀愁を醸し出す、情感豊かな人物を好演していました。
  • ライアン・レイノルズ演じる弁護士ランディも良かったです。ランディは例の絵画に(最低でも)10億ドルの価値があると知り、最初は金に目がくらんでマリアに協力します。しかし彼女と一緒に「返還作戦」に挑むうちに、だんだん本気になっていくという過程が熱い。
  • はじめは歴史や過去に無関心だったランディも、マリアの壮絶な「過去」に触れ、旅の中で自身のルーツを見つめ直すことで、少しずつ「歴史」というものへの態度が変わっていきます。祖先の身に何が起こったのかを突きつけられたことをきっかけに、歴史の流れの中にいる自分が「何をするべきか」を思い知ってしまう。そこから、彼の怒涛の戦いが幕を開けます。返還要求が却下されて諦めかけるマリアに、ランディが逆にハッパをかけたり、二人の関係性がグルグル変化するのも面白い。
  • しばしば挟まれるマリアの回想シーンにはサスペンス的な要素も多く、ハラハラさせられます。ウィーンの民衆がナチスを歓喜の声で迎え入れるくだりや、ユダヤ系の人々が屈辱的な行為を強制させられている様子は本当に恐ろしい。ユダヤ系だったマリアの一家もナチスから過酷な弾圧を受け、妹の身を案じた兄はマリアをなんとか国外に脱出させようとします。この逃亡劇が実にスリリングで、手に汗握りました。ウィーンに置いて行くしかなかった両親との別れの場面は本当に切ない。だからこそ、マリアの戦いが終わった後の「帰還」のシーンにはグッときましたね…。
  • 本作は絵画の「返還 restitution」というテーマを通じて、「過去」や「歴史」に人々がどのように向き合うべきなのかという問題を提示します。かといって決して堅苦しい話ではなく、ユーモアやサスペンスに溢れた面白い映画になっている点が良いですね。ラストでは美術品に関する深刻な社会問題が突きつけられるものの、見終わった後には不思議と爽やかな気持ちが残ります。「過去」というものに向き合うこと、それを語り継いでいくことの大切さを学べるようになっている。美術に関心がある人以外にも素直にお勧めできる、良質な映画です。
  • もっと色々語りたいのですが、今回はこの辺で…。絵に妙に時間をかけてしまったので…。最近ちょっと書きすぎているしな。ていうか『クリード』も明日公開なのかよ…。困るぜ。ではまた。