沼の見える街

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『ハッピーアワー』感想

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  • 映画『ハッピーアワー』を観ました。シアターイメージフォーラム、1200円×3(三部作)。
  • 一言で言えば、素晴らしい映画だと思います。めちゃくちゃ面白いパワフルな作品であり、間違いなく今年の邦画ベスト級の一本です。まさにタイトル通り、本当に「幸せな時間」を映画館で過ごすことができました。ただですね…その一方で、気軽にオススメすることがちょっと難しい映画でもあります。どうしてかって? 上映時間が5時間17分もあるからですよ!…正気か!?
  • …とはいえ、マジに5時間半ぶっ通しというわけではありません。三部作なので途中で休憩が入りますし、もっと言えば第一部から第三部までを全て同じ日に観る必要もないわけですから…。ただ理想を言えば、やはり劇場で「その日のうちに」一気に観ることが望ましい作品だと思います(特に第三部は、心地よい疲労感に包まれながら観るのにぴったり)。第一部を見てしまえば必ず続きが見たくなるはずなので、思い切ってチケットもまとめて3枚買っちゃいましょう。ちょっと安くなるし…。
  • 何よりこの「5時間半」という上映時間、私は全く「長い」とは感じませんでした。固唾を飲んで登場人物たちの運命を見守っているうちに、5時間半なんてあっという間に過ぎ去ってしまい、もっとずっと見ていたい、終わらないでほしい、とさえ感じました。これがどれほど異様なことか、おわかりいただけるでしょうか…(2時間でも「はよ終われ」と思っちゃう映画だって沢山あるというのに…)。というか、何ならもう一回観たいです。やばくないですか。
  • 監督は濱口竜介。映画学校の生徒を起用した大作『親密さ』、7時間越えの東北記録映画三部作(『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』)、染谷将太主演の『不気味なものの肌に触れる』などの作品を撮ってきた監督です。不勉強にして今回が初見なのですが、驚くような長尺や、アマチュア俳優の演技を巧みに生かしているという点で、本作『ハッピーアワー』は濱口監督の集大成的な映画になっているのだと思います(たぶん)。
  • 『ハッピーアワー』の主人公は4人組の女性です。みな30代後半で、それぞれ性格も立場も違いますが、不思議な友情で結ばれています。そんな彼女たちの関係性を軸にして物語は進んでいき、5時間半の大部分は、この4人がお互いに話し合ったり、他の誰かと会話したりすることで過ぎていきます。「面白いのか、それは…?」と思うかもしれませんが、「ものすごく面白いです」としか答えようがないんですよね、これが…。
  • まず第一部、4人の女性が山の斜面をロープウェイで登っていくところから映画は始まります。美しい音楽と綺麗な自然を背景に、シンメトリーな構図で座席に並ぶ4人の姿からは、調和のとれた幸福さを感じる一方で、謎めいた不穏さを読み取ることもできます。
  • 実際、パッと画面が切り替わると、さっきまで穏やかだった天気が土砂降りになっている。雨で何ひとつ景色が見えない中、展望台の屋根の下で4人は(表面的には)楽しそうに会話をしています。
  • この冒頭のシーンからして、すでに非常にスリリングなんですよね。お弁当の中身だの、次の予定合わせだの、会話自体はごくありふれた他愛もないものです。キャラクターの紹介もかねていて、会話を聞いているうちにだんだん4人の性格と関係性が浮かび上がってくるようになっている。
  • 明るい性格の看護師「あかり」、おとなしい主婦の「桜子」、知的な「芙美(ふみ)」、気さくだが陰のある「純」…。この4人が楽しげに話しているのですが、彼女たちが何気なく発する言葉の端々から、すでにどこか不穏な空気が生まれ始めています。表面的には平穏な4人の関係性は、いつか「土砂降り」のような急転直下を迎えるのではないか…。そうした「兆し」は、物語が進むにつれていっそう浮き彫りになっていきます。
  • たとえば第一部の中盤に出てくる、鵜飼という怪しげなアーティストによる、「重心」をテーマにしたワークショップの場面です。このシークエンスは非常に大胆で、なんとこのワークショップが丸ごと映画に組み込まれているんですね。観客は4人の主人公と一緒に、この怪しげなワークショップに最初から最後まで参加することになる。しかし不思議と退屈さはなく、「一体このワークショップ(というかこの映画)はどういう方向に転んでいくんだ…」とハラハラしながらスクリーンを見守ることになります。
  • そしてワークショップ終了後の「飲み会」の場面が、「会話劇」として圧巻の面白さでした。話している内容自体はありふれたことなのに、とにかく異様な緊迫感に満ちている。こちらも最初は穏やかな雰囲気で進行するんですが、ちょっとした話の流れや行き違いから、それぞれの笑顔の裏に隠されたものが剥き出しになっていく。その過程がたまらなくスリリングです。鵜飼の発言に怒ったあかりがバンッと机を叩く場面とか、バカっぽい感じの若者が予想外の過去を告白するくだりとか、誰かが何かを発言するたびに場の空気がガラッと変わっていき、目を離せません。
  • さらにじわじわと緊張感が高まっていく「飲み会」のクライマックスで、ある衝撃の事実が明らかになり、主人公4人の関係に決定的な亀裂が入ることになります。そこから事態は思いもよらぬ方向に転がっていき、主人公たちは「とある場所」に集うこととなり、「第二部」に続く…!という展開になるわけです。ここまで見てしまったら、「第二部は別にいいかな~」とか言って帰ることは不可能だと思います。めちゃくちゃ続きが気になってしまうことでしょう。
  • 第二部以降も語りたいところなんですが、ここからは何を語ってもネタバレになってしまう気がするので、この辺で一旦やめておこうかな…。なるべくまっさらな気持ちで見て欲しいし、見始めたらもう夢中になって見ちゃう映画だと思いますので。(第二部ではラストのフェリーの場面が、第三部ではあかりが怪しげなバーでとある女の子と話す場面が、それぞれ最高に素晴らしかった、とだけ言っておきます!)
  • ただまぁ、本来ならこの『ハッピーアワー』、私のような映画ばっかり見てる若造ではなく、もっとリアルの男女関係やら仕事やらで苦しんだりすり減ったり、そういう経験を重ねてきた大人が見るのにふさわしい映画なんだろうな~、とも思うんですよね。それこそ30代後半〜40代の女性とか、同年代くらいの男性とかに見てもらえるのがベストなのかなと…。でもやっぱり時間・場所・料金といった鑑賞のハードルがかなり高い作品でもあるので、なかなかそういうドンピシャな層には届きづらい、という課題は送り手も抱えてるんだろうな…とか考えちゃいます。(女性4人組で大幅割引、なんてサービスもやってるみたい。)
  • とはいえ「私にふさわしい作品ではない」とか言ってたら映画なんて見られないですからね。じゃあ『スター・ウォーズ』ファンは「フォース」使えんのかって話になりますし(←??)。それに、リアルの自分に深く関わりすぎない、ある意味では「他人事」だからこそ、物語の抽象性が高まって、むしろ我が事のように感情移入して見られる…という側面だってあると思います。(時間が経ってから「あの時みたアレはああいうことだったのか…」と思い出すことだってあるでしょうし。)
  • そういう意味で、「ドンピシャ」な層はもちろん観たほうがいいですが、私のような「ドンピシャ以外」な層にも強くお勧めできる、普遍的な魅力とリアリティ、そしてサスペンスを兼ね備えた、超弩級の作品だと思います。ハッとするような美しいショットや、考察に値するようなセリフがいくつもあって、いわゆる「芸術的」な映画としての読み解きだってもちろん可能なんでしょうが、それ以上に、一本のエンタメ作品としてスッゴイ面白かったです。見ている間、ずっと幸せでした。この一言に尽きますね。
  • ホント騙されたと思って、「第一部だけでも見てみっか…」くらいの軽いノリで劇場に行ってみてはいかがでしょうか(たぶん全部見る羽目になるだろうけど…)。年末年始にまとまった時間がとれそうで、かつ「なんでもいいから圧倒的な映画体験がしたい」という方に、迷わずこの『ハッピーアワー』をお勧めいたします。
  • ちょっと明らかに私の手に余る映画であり、(いつも以上に)ちゃんと語れていないのですが、ご容赦くださいませ…。感想「第一部」ってことで…。また思いついたら何か書こうと思います。ではこの辺で。