沼の見える街

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『イット・フォローズ』感想(と漫画)

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  • ホラー映画『イット・フォローズ』(原題:IT FOLLOWS)を観ました。TOHOシネマズ新宿、1100円。漫画とか描いていたので観てからずいぶん間があいてしまいましたが、感想を書いてこうと思います。なるべくネタバレは控えるつもりですが、何も知らずに(予告編すら見ずに)観るのが一番いいと思うので、できれば鑑賞後にご覧くださいませ。
  • 結論から言ってしまうと、もう、大好きな作品です。観ている間ずっと幸せでしたし、わりと真剣にホラー映画の「オールタイムベスト」級の一本かもしれません。とにかく面白いし怖いし美しいし、ホラーがよっぽど苦手という人以外には誰彼構わずオススメしていきたい気持ちです。
  • 映画の冒頭からもう「これは間違いなく凄い映画だ」と確信できました。アメリカ郊外の閑静な住宅街がピシッとした構図で映し出されたと思うと、いきなりバーンと家のドアが開いて、恐怖にとりつかれた女の子が「何か」から逃げ惑っている姿が描かれます。
  • さらに本作の特徴の一つである、アナログ・シンセサイザーをガンガンに効かせた派手なBGMが突然フルスロットルで流れ始め、まだ具体的な恐怖の対象は全く描かれていないにもかかわらず、いきなり観客を戦慄の真っ只中に突き落としてくれます。そしてその女の子がたどった無残な「末路」をとらえた一発のショットで、「この街に何かとんでもなく邪悪なものが潜んでいる」という事実を鮮烈に提示してくるのです。ホラー映画の導入として、完璧なシークエンスだと思いました。
  • そこから、ジェイという名の19歳の少女に視点が移ります。ジェイは最近知り合ったイケメンの彼氏ヒューと映画館でデートをし、車の中で一夜を共にするのですが、その楽しい密会の後に彼女を待ち受けていたのは恐るべき真実でした。なんと、ヒューから得体の知れない「IT(それ)」を「うつされて」しまったということを告げられるのです。そしてジェイは「それ」に関するルールをヒューの口から知っていくことになります。
  • 「それ」は神出鬼没である。「それ」はゆっくりと歩いてくる。「それ」は変幻自在である。「それ」は他人には見えない…。そして「それ」に捕まったら、殺される。冒頭で逃げ回っていた女の子を惨殺したのは、この「それ」としか形容しようがない不条理で邪悪な存在だったのです。
  • 何より特徴的なのは、「それ」はセックスによって人にうつせるというルールです。しかし、うつした相手が死ねば「それ」は自分のところに戻ってきてしまうので、誰かとセックスをすれば解決!というわけにはいきません。(ヒューの不自然なほど丁寧な「それ」の解説っぷりにも、これでちゃんと説得力が加わりましたね。ルールを知らないままジェイが殺されるとヒューも困るわけですから…。)こんな訳のわからない理不尽な存在から、年端もいかない普通の少女であるジェイがどうやって逃れるのか…? これが『イット・フォローズ』のあらすじです。
  • 本作が一般的なホラーと異なるのは、「それ」が徹底的に「わけがわからない」存在であること。ホラー映画というのは「恐怖」の正体がわかるまでが一番怖いわけで、「恐怖」の対象(幽霊やモンスターや怪人)がウワァーーッと姿を現し、具体的な形をもってしまうと(怖いは怖いけど)どこかホッとする気持ちになることが多いですよね。
  • しかし本作はそういう「安心感」を最後まで観客に与えてくれません。「それ」の正体が最後まで一切わからない。決まった姿をもたないので、老婆の姿をしていることもあれば、少女の姿をしていることもある。見た目はグロテスクな怪物などではなく、むしろ普通の人間っぽい外見をしているのですが、だからこそ怖い。そうした、じわじわとボディブローのように効いてくる恐怖を描いているのです。 
  • ホラーというよりはアート映画のような静謐で美しい画面作りも、その「怖さ」の強化に一役買っています。静かで不気味なデトロイト郊外の街並みの中に、突然「それ」がヌッと姿を現し、ゆっくりと、しかし確実にこちらに歩いて向かってくる…。このイメージの恐ろしさは強烈です。
  • 「特殊メイクのゾンビがダッシュで追いかけてくるご時世に、ゆっくり歩いてくるだけの存在が怖いのか?」と感じられるかもしれませんが、これがとても怖いんですよね…。ずいぶん遠くから誰かが歩いてくると思って、最初は何気なく眺めているけど、どうやらその人影が「それ」であることに気づき、急いで逃げるおのの、なぜか確実に距離を詰められ、ついには追い込まれてしまう…。そうしたまさに「悪夢」のような過程が、異様な緊迫感とともに描かれるのです。
  • 本作はアメリカ映画としては非常に低予算なのですが、それにもかかわらず、アイディアの見事さと演出の切れ味だけで、これほどまでに怖い作品を生み出すことができるのだな…と感嘆しました。
  • 設定は斬新ながらもシナリオは決して奇をてらったものではなく、むしろスタンダードな作りです。監督のデヴィッド・ロバート・ミッチェルが『ハロウィン』などのジョン・カーペンターをリスペクトしていることもあって、テーマや音楽や細部のモチーフにも古典ホラーに対するオマージュが多く見受けられます。
  • 「性愛」に対する恐怖という点ではポランスキーの『反撥』等とも通じますし(ジェイの髪型は『反撥』の主人公に似せているそうな)、ほとんど絵画的ともいえる美しい画面構成は、ヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』が参照されているとのことです。こうした過去の名作の魅力をとことん研究して抽出し、ひたすら怖い「ホラー」として現代的にアップデートしている。驚かせて終わりの安っぽい一発ネタでは決してなく、連綿と続くある種の映画の系譜における最先端、それが『イット・フォローズ』という作品なのです。
  • 先述したように「それ」の正体は徹底的に不条理なものとして描かれ、見た後にも多くの謎が残る映画なので、「それ」が何を象徴していたのか?という議論が本国でも活発になったそうです。「セックスでうつる」という斬新な設定もあって、当然ながら「性病の恐怖を暗喩的に描いた映画なのでは?」という憶測も飛び交いました。本作を絶賛したタランティーノ監督も、「これは性嫌悪を描いた作品だ」と考察したそうです。しかし監督自身「それは違うよ」と否定していますし、私も「それは違うよな…」と思います。
  • 「性病」は確かに恐ろしいし深刻な社会的問題ですが、それはあくまでも具体的・生物学的な現象としての怖さであって、これほど優れた作り手が今更わざわざホラーの中で「恐怖」の対象に選ぶようなテーマではないと思うんですよね。ましてや「リア充爆発しろ」とか「セックスばかりしてる奴らザマァ!」みたいな、安っぽい露悪趣味では断じてないと思います。
  • もちろん「性病」なども含めた「性的な行為」そのものに対する不安という要素は濃厚だと思うのですが、『イット・フォローズ』はもっと抽象的・普遍的な、「大人になる」ことにまつわる恐怖を描いているのではないかなと感じました。
  • 主人公ジェイは19歳で、まさしく大人になろうとしている年齢です。作中でも「子どもと大人の間にある境界線」のようなモチーフや言葉がなんども登場します。子どもから大人への「性」と結びついた「成長/変化」の過程で不可避的に襲い来る「死」の予感。また、誰かを傷つけたり犠牲にしたりといった「業」を引き受けなくては生きていけないことへの罪悪感…。うまく言えませんが、本作の「それ」は、そうした「大人になるという変貌の過程の中に潜む死」を具現化したものなのかな…と勝手に想像しました。(そういう意味では同年公開のシャマラン監督『ヴィジット』で描かれた「老化恐怖」とも重なる点があると思います。)
  • まぁそれはそれで作品の幅を狭めてしまう解釈かもしれないので、「なんだったんだアレ、怖かったな…」くらいにボンヤリとらえておくのが一番いい気もしますね。なんにせよ、怖くて面白いだけではなく、見た後に色々考えてしまうホラー映画なのは確かです。友人と見に行ってアレコレ議論するのも楽しいでしょう。(私は一人で見に行ったので帰り道の夜の歌舞伎町が怖かったです。こちらに近づいて声をかけてくる客引きへの不信感がいつもの5割増しでした。)
  • 長いのでそろそろ終わります。ラストのやや早急な展開とか、その他もろもろのツッコミどころ(時代いつやねん)とか、欠点のない映画とは言いませんし、「ノレなかったな〜」という人も一定数いるかもしれません。でも、なにしろサスペンスとして面白い映画であり、私のようにハマる人はとことんハマる傑作ホラーだと思うので、行ける人は絶対に映画館で観た方がいいと思います。文句なしにオススメの一本です。それではこの辺で…。