沼の見える街

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『ドリームホーム 99%を操る男たち』感想

  • 『ドリームホーム 99%を操る男たち』(原題:99 Homes)を見ました。新宿シネマカリテ、1100円。一昨晩のマッドマックスIMAXとハシゴして見たのですが、こちらも(前評判通り)大変に面白かったです。ヒリヒリするような切実さで「家」にまつわる社会問題を扱った、恐ろしくも真摯な映画でした。
  • 主演は『ソーシャル・ネットワーク』『アメイジングスパイダーマン』のアンドリュー・ガーフィールド。ルックスは壮絶なまでのイケメンですが、毎回微妙に報われないというか、受難の多い不憫な男性の役を演じている人という印象ですね。『ソーシャル』ではフェイスブックを立ち上げたザッカーバーグの友人で、自らの凡人っぷりに悩む若者を演じていましたし、スパイダーマンは打ち切りになっちゃったし…(後者はただの現実だろ)。とはいえ素晴らしい役者さんなのは言うまでもありません。
  • そんな不憫イケメンとしての彼のキャリアの中でも、本作の「不憫っぷり」は図抜けています。ガーフィールド演じるデニスはいわゆるシングルファザーなのですが、なんと開始早々、住んでいた家を家族(子供と母親)もろとも追い出されてしまうんですね。
  • デニスが家を追い出されたのは住宅ローンの返済に失敗したからなのですが、その背景には、リーマン・ショックなどのアメリカ経済状況の激烈な変化が存在します。ローンに関するやっつけ気味な裁判(なんと平均60秒!)が終わると、突然に不動産屋と警察に玄関へ押しかけられ、ずかずかと家に踏み込まれる。「そんなことをする権利はないはずだ」「弁護士と話したい」といっても、全く聞き耳を持ってもらえません。「その家はもうお前たちのものではなく、銀行のものだ」「2分以内に荷物をまとめろ、これでも情けをかけてやってるんだ」と、あくまで強制退去を命じられるのです。
  • この冒頭の「追い出される」シーンがとにかく強烈で、インパクト抜群なんですよね。主人公と家族が何と懇願しても、「立ち退くか刑務所か選べ」と脅されるだけ…。ついには屈強な男たちを家の中に送り込んで、むりやり家具を家の外に運び出してしまいます。デニスの母親が泣く泣く(下着など)プライベートな荷物をカバンに詰めている姿を、「規則だから」という理由で警察官にじっと監視されるくだりの屈辱感ったらありません。
  • 直接的な暴力が振るわれるわけではないにもかかわらず、とにかく「暴力的」としか言いようがないシーンでした。「衣食住」は人間の三大重要エッセンスですが、とりわけ「住」に踏み込まれたり奪われたりするということの、生理的な恐ろしさや絶望感を鮮烈に描き出しています。
  • やむをえず安いモーテルに移ったデニスたちは、そこで当面の生活をしようとするのですが、すでにそのモーテルは家を追い出された他の人々で埋め尽くされています。治安も決して良くはないようで、子供連れで住むには危険も多そうです。デニスはなんとか家を取り戻せないかと必死で画策するのですが、ひょんなことから、なんと自分たちを家から追い出した不動産屋・カーバーと一緒に仕事をすることになるのですね。
  • マイケル・シャノン演じるこのカーバーという男がまた非常に下劣で金に汚い奴なのですが、経済に関する嗅覚はズバ抜けており、不動産で儲けて豪勢な暮らしをしています。機転の利くデニスに対して何かを感じたのか、自分の助手ならないかと彼を誘い、とある儲け話を持ちかけてくるのです。
  • そしてこれが本作の最もフレッシュな点なのですが、その「儲け話」というのがなんと、ローンの返済に困っている近所の住民を、デニスと同じように家から追い出すことなんですよね。
  • 途中、デニスが「初仕事」に挑むシーンがあるのですが、ここも本当にエグいというか、非常に上手い演出がなされていました。冒頭のデニスたちが家から追い出される絶望的なシーンと、意図的によく似た構図で撮られているのです。「追い出される」側だったデニスが今度は「追い出す」側になっているという皮肉を痛烈に描き出してくるわけですね。
  • また悲痛なのが、その時の「追い出される側」の家族が、デニスたちとほとんど同じ内容の言い訳をすること…(弁護士と話し中だ、など)。その様子に胸が痛くなると同時に、「人がこういうときにする言い訳というのは大体同じものなのかもしれない…」とも感じます。「だとすれば立ち退かせる側がイチイチ真面目に耳を貸さないのも不思議ではないのか…?」とまで考えてしまい、いつの間にか(デニスと同じように)「追い出す」側の視点に自分が立ちかけていることに気づかされ、怖くなってきます。
  • 怖くなるといえば後半、この仕事に深入りしていくデニスがとある「選択」をせまられる場面があるんですが、ここもすごく怖かったですね…。ある小さな「不正」をすることで膨大な利益がもたらされるという状況で、デニスはその不正をするべきか思い悩むんですが、観ている自分がちょっと「やっちゃえば?」と思っちゃってたことが否定できないというか…。心のどこかでデニスが倫理的に「正しくない」ほうを選ぶことを期待してしまっていることに気づかされて、心底ゾッとしましたね。
  • 映画の観客という安全な立場ですらこうなのですから、いざ目の前に、ささやかな「不正」を犯すことで大金を掴むチャンスが訪れたとしたら、心の中の「悪魔」に打ち勝って「正しい」方を選べるだろうか…?そういうことを否応なく突きつけられる映画でもあります。それを踏まえて、最後にデニスがどのような選択をするのか、ぜひチェックしてほしいです。
  • こんな感じで、心が抉られるようなキツイ物語ではあるのですが、イラン系の監督・ラミン・パーラニがアメリカ社会に対して抱いている切実な問題意識に貫かれた、まことに批評的で真摯な作品です。社会派サスペンスとして非常に面白い映画でもあるので、アンドリュー・ガーフィールドのファン以外にも文句なしにオススメいたします。おしまい。