沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『ルーム ROOM』感想

  • 先日見た映画『ルーム ROOM』の感想です。ヒューマントラストシネマ渋谷、1000円。アカデミー賞を受賞したこともあって期待していましたが、予想以上に素晴らしかったです。極めて異常でセンセーショナルな出来事を描いた映画である一方で、どんな人にも当てはまる普遍的な「支配」と「脱出」をテーマにした、真摯な傑作だと感じました。
  • 主人公はある「部屋」で暮している20代の女性ジョイと、彼女の5歳になる幼い息子ジャックです。料理をしたりストレッチをしたり遊んだり、仲むつまじく生活をしているのですが、どうみても何かが決定的におかしい。というのもこの母子が、本当に一日中この部屋の中だけで暮しているのだということが段々わかってくるのです。
  • そしてですね…。この親子が置かれている真の状況がどういうものなのか、それを全く知らないままで映画館に行くのが本当は望ましい気がするんですが、まぁ広告からしてネタバレ全開なので、言ってもいいものとして扱います…。とはいえ一応、以下ネタバレ注意で。(どのみち序盤で明らかになることなんですが…。)
  • 実は、この母子はある男によって、ずっと部屋の中に閉じ込められていたのですね。母ジョイは17歳の時、ニックという名の男に誘拐されて以来、7年間も部屋の中に監禁されています。そしてニックから性的な暴行を受けた結果、子どもをひとり妊娠・出産することになり、その男の子がジャックだったのです。それ以来、ジョイは5年にわたってジャックを部屋の中で育て続けてきたというわけです。
  • あまりにもひどすぎる、残酷な真実がこうして徐々に明らかになっていくわけですが、ジョイはそんな理不尽極まりない悲惨さの中で、なんとかジャックに愛情を注ぎながら生きていきます。彼女が「部屋」で過ごした5年間という時間の長さと重さを思うと気が遠くなりますが、とにかくジャックが5歳になるまで育て上げたわけです。
  • しかし状況があまりに過酷であるためか、ジョイは息子に「部屋の外」については知らせることなく、壁の向こうには何もないのだと教えて育てます。本作は基本的にはジャックという「子ども」の視点から進むのですが、この撮影の仕方が非常にうまく機能している。我々観客(とジョイ)にしてみれば「部屋」はこの上なくおぞましい場所ですが、何も知らないジャックの目には、「部屋」は安心できる、親しみのある空間として映るわけですね。その親密さが映像的にとてもうまく表現されている。
  • 一方、夜な夜な「部屋」に現れて生活物資を届ける誘拐犯のニックは、ジャックにとってはまるで童話に出てくる巨人(ジャックだけに)のような、とても強大で恐ろしい存在です。靴のサイズの差でジャックとニックの大きさの違いを表す場面など、実に巧みです。
  • このニックがまったくもって救いようのないクソ野郎なんですが、ジョイは日夜暴行を受けながらも、なんとかジャックを守りながら生きてきました。しかしニックが仕事をクビになったことで、いよいよ彼女たちの生存が脅かされる。「いつ殺されてもおかしくない」という状況になってしまうのです。
  • そして後半、これも思いっきり広告でネタバレされているので、まぁ言っちゃってもいいとは思うんですが、ジョイ親子は部屋からの脱出を試みて、命からがら成功するんですね。そこでハッピーエンドとなってもいいのですが、本作の偉大なところは、部屋を「脱出した後」に彼女たちの身に何が起こるのかを、しっかりと時間をとって(全体の約半分)描いていることです。
  • たとえば、有名なニュースレポーターが家まで取材にきます。ステレオタイプなマスコミ描写とは距離を取っており、失礼な態度をとったりだとか、横柄でムリヤリなインタビューをしたりはしない。しかしそのいっけん理解がある物腰の裏に、暴力的なまでの無神経さがチラリと顔を出す…という塩梅になっています。「これだからマスコミは」という描写にはなっておらず、私たちの誰もが「被害者」に向けて振るいかねない暴力性を浮き彫りにしたかのような場面で、かなり心にきました…。
  • 親子だけではなく、彼女の周りの人たちの心情についても説得力をもって示されます。たとえば、ジョイの両親は行方不明の娘に7年ぶりに再会できて大喜びするのですが、やはり「部屋」の中で彼女が味わった苦渋を考えると、純粋に「よかった」と思うことは難しい。特にジョイの父親は、ジャックに向き合うことがどうしてもできません。たしかに自分の孫ではあっても、愛する娘の息子ではあっても、自分の娘を誘拐して地獄を味わわせた男の子どもでもあるわけですから…。割り切ることは難しいでしょう、
  • 一方ジェイの母も、ジャックに対しては心を開いて優しく接するのですが、途中、精神的な不安定さゆえジャックに優しく振舞えないジョイのことを叱るんですね。そこでジョイが母に叫び返した言葉は、あまりにも悲痛でした。ニックは彼女を誘拐した時に「犬が病気になって困ってる」という嘘をついたのですが、ジョイは「お母さんが『人には優しくするように』なんて私に教えなければ、私はあいつの犬を助けようなんて思わなかったのに!」と言い放ちます。人に親切になんかしなければ、困っている人なんて放っておけば、誘拐もされなかったし、レイプもされなかったし、5年間も監禁されずにすんだのに、と…。ある意味では真実であるだけに、胸が張り裂けそうになる場面でした。
  • そんな感じで、前半とは違った意味で厳しすぎる展開が後半も続くのですが、ジョイの母親の再婚相手であるレオとジャックとの交流には、ほのかに心が温まります。レオはジェイやジャックにとっては「赤の他人」なわけですが、だからこそ適切な距離感をとって彼らに接することができる。本当にひどい目にあった人々に対して、「赤の他人」は何もできないわけではない。ほんの少しとはいえ、そこに救いが感じられます。
  • このように、『ルーム』は決してセンセーショナルなだけの脱出サスペンスではなく、ある理不尽な暴力と支配にさらされた人間が、そこから助かった後もどのような傷を抱えて生きなければならないのかということを、非常に精緻に描いた映画です。そしてそこをしっかりと描いているからこそ、ラストでもう一度「部屋」を訪れたジャックが母親に向けて言う言葉が真に感動的に響くのですよね。詳しくは書きませんが、「取り返しのつかない後悔」を抱えたすべての人に向けられた、本当に優しくて真摯なメッセージだと感じました。その言葉を胸に、深い余韻の中でエンドロールを迎えることになるでしょう。
  • 最後に一応触れておくべきでしょうが、結果的にこの映画、(幸か不幸か)日本では非常にタイムリーな公開タイミングとなってしまいました。というのも最近、本作の内容を強く想起させる監禁事件が発覚しましたよね。案の定というべきか、『ルーム』と例の事件を結びつけて語るレビューも多いようです。ツイッターでも、「例の事件の被害者への二次加害が起こりかねない今、『ルーム』は大勢が見るべき映画だ」というような意見が沢山RTされていて、私もまったくその通りだと思います。
  • ただ、本作における「監禁」という事態はあくまで寓意的な描かれ方にとどまっている気もするので、あまり簡単に現実の事件と重ねてしまうことには一抹の危惧もあります。監禁事件そのものを具体的に描いた映画ではなく、人生における「支配」という、誰もが経験しうる普遍的な状況を「部屋」という形に極限まで抽象化して描いた映画だと思うんですよね、うまく言えないんですが…。まぁ何にせよ素晴らしい作品なので「現実の事件とドンピシャだ!」的なセンセーショナルな騒がれ方でも別にいいか、とは感じます。公開規模小さいしな…(身も蓋もない)。
  • だらだら書いてたら長くなっちゃったので、いったん終わります。サスペンスとして一級品であると同時に、何らかの「支配」にさらされたことのある人、そしてそれに対する傷や後悔を抱えている人になら、必ず深く響く内容だと思いますので、とにかく必見だと思いますね。あとジャックが超かわいいです(台無し感)。それでは。