沼の見える街

ぬまがさのブログです。おもに映画の感想やイラストを描いたりしています。

知ると楽しい!『ウルフウォーカー』トリビア

傑作アニメ映画『ウルフウォーカー』のプレチケ上映会を(私セレクトで)企画したんですが、当日(6/24)が目前に迫ってきました!(ちなみにプレチケとは劇場の1スクリーンを貸し切って好きな映画を見ようぜという映画ファンによる映画ファンのためのイベントです。まだチケット売ってるので興味ある方はどうぞ。)

premium-ticket.filmarks.com

奇しくも同じ日に(初ディスク化となる『ウルフウォーカー』含む)カートゥーンサルーンケルト3部作のBlu-rayBOXも発売されるんですよ。超めでたい〜。わくわく。

midship.base.shop

『ウルフウォーカー』への熱い思いやテーマ全体への考察は、こちらの対談記事で好き放題に語りまくりましたのでお時間あれば読んでみてね。

cinema.ne.jp

ちなみに本作は(人生ベスト級映画なので当然ですが)公開年である2020年の私的ベスト10の堂々1位に輝きました。

numagasa.hatenablog.com

 

そんなわけで、『ウルフウォーカー』を観る前に、もしくは観た後で、知ればもっと楽しめるかも?な小ネタや豆知識などをいくつか紹介します。(決定的なネタバレはないと思いますが、ラストに少し触れているので一応ご注意を。)

↑参照したアートブック『The Art of Wolfwalkers』。英語オンリーですが、本作の素晴らしいビジュアルアートや設定資料やインタビューが満載でファン必携ブックです。

 

○主人公ロビンは当初、少女ではなく少年だった。

(↑ アートブック『The Art of Wolfwalkers』より、ロビンの初期キャラデザ。)

本作は当初、ハンターに憧れる「少年」ロビンが、オオカミ変身能力をもつ少女と出会う、ボーイミーツガールものとなる予定だったそうです。それはそれで面白かったかもしれませんが、製作陣がよく検討した結果、女の子に変更になりました。「ロビンを女の子にした方が、主人公が(女性に望ましい役割とは考えられていなかった)ハンターになろうとするドラマがより面白く、テーマも力強くなるはず」と考えたそうです。結果として本作の物語に一段と深みが生まれたわけで、大正解の判断だったと思います。またもや「人間の男子と異能の女子」の冒険だと、ケルト3部作の『ブレンダンとケルズの秘密』とも(兄妹だけど)『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』とも若干被ってしまうしね…。

ちなみにロビンのフルネームの「ロビン・グッドフェロー」は、シェイクスピアの『夏の夜の夢』に出てくるパックの別名でもあります。ロビンがイギリス出身であり、魔法や妖精を連想する不思議な世界とつながる運命を示唆するように、「イギリスで最も有名な妖精のキャラクター」にちなんで名付けたとトム・ムーア監督。相棒のハヤブサ「マーリン」もアーサー王物語の魔法使いに由来する名前なので、イギリス出身の魔法系コンビって感じですね。

 

○メーヴのフルネームは「若いオオカミ」

劇中でメーヴが名乗るフルネームは「Mebh Óg MacTíre」。「Óg MacTíre」とアイルランド語で「若いオオカミ」という意味だそうです(Ógが若い、MacTíreがオオカミ)。ちなみにメーヴの母・モルのフルネームは「Moll MacTíre」なので、一族の中でまだ子どもの場合はメーヴみたいに「Óg MacTíre」になるということかな。ウルフウォーカーの苗字が「オオカミ」ってそのまんますぎる気もしますが、人間に紹介する時などに使う用の名前なのかもですね。

ちなみに「メーヴ」という名前はケルト神話の女王メーヴに由来しています。とても強い力をもつ女王で、伝説によると高さ12mの岩丘に埋葬されているとのこと。アイルランドの神話との土地的な繋がりを重視する本作の主人公にふさわしい名前です。

 

○メーヴのキャラデザもけっこう紆余曲折!

性別が変更されたロビンほど抜本的な変化ではないものの、メーヴのキャラクターデザインもかなり大胆な試行錯誤が重ねられたことがアートブックから伺えます。

↑デザインの超初期段階で、メーヴの「野性」を表現したラフスケッチ。野性があふれすぎてポップさのかけらもない味わいがたまらない。

↑完成版に少し近づいたメーヴの初期キャラデザ。「森の怪しい子ども」って感じで恐ろしげでカッコイイですね。オオカミっぽい目はこの辺で決定したのかな。

↑「妖精」感にあふれたかわいらしいメーヴ初期案。完成版よりオオカミ感や野生味は薄く、ファンシーな雰囲気。(どっちかっていうとロビンよりもこっちが「パック」だね…)

↑ほぼ完成版なスケッチ。前の2つのデザインを混ぜ合わせたような印象もあるが、比べて見ても改めて素晴らしい。鋭いアイラインの入った丸い目や、おでこの色合いが醸し出すオオカミ特有のワイルド感と、どこかフクロウも思わせる人間離れしたシルエットも効いて、まさに「森の野生」を体現する絶妙なキャラデザができあがっていく。

↑そして正式なメーヴが完成するのだった。秀逸なキャラクターデザインを作るには徹底した試行錯誤が必要なんだなあ、という当然のことがよくわかりますね。

 

○名場面「ウルフビジョン」ではVRも動物学も活用!

オオカミ視点の世界を独特のアニメーションで表現した「ウルフビジョン」の場面は『ウルフウォーカー』の最も素晴らしいシークエンスの1つ。現実にオオカミとして生きるとはどういう感覚なのか…という、人には知り得ない謎にアニメで答えるため、オオカミの能力にまつわる動物学的な知見も参考にしつつ、あのような鮮烈なシーンが生まれたのです。

「オオカミはあまり多くの色を見られないため、背景を灰色っぽくしたが、嗅覚と聴覚は非常に鋭いので、豊かな色彩を使ってその感覚を表現した」と作り手は語っています。人間とは比べ物にならないほど強力な「鼻と耳」をもつオオカミにとって、世界がどれほど鮮やかに「見えて」いるかを、人間にもイメージしやすい「色彩」によって表現した、まさにセンス・オブ・ワンダーに満ち溢れた場面でした。

「ウルフビジョン」の場面を作るのは非常に大変だったようで、その制作過程がこちらの動画で詳しく紹介されています。

youtu.be

オオカミに変身したロビンが、ウルフビジョンを駆使して森を駆け抜ける場面は、まず3Dモデルで森のVR空間を作り、そこに精緻かつ膨大な数の手描き2Dアニメーションを組み合わせていくという、「2.5次元」スタイルと呼ぶべき革新的な手法を取っているとのこと。ロビンが家でオオカミとして目を覚まし、初めてウルフビジョンを体験する場面だけで、実に1500枚もの印刷物が必要だったというから壮絶です。その甲斐あって、何度見ても引き込まれる見事なシーンに仕上がっています。

 

○物語の舞台キルケニーは、カートゥーンサルーンの本拠地。

『ウルフウォーカー』の舞台は17世紀アイルランドの町・キルケニー。この町は実在する土地で、実は本作を手掛けるアニメスタジオのカートゥーンサルーンが本拠地を構えています。地元の町並みや自然や歴史や伝説を豊かに取り入れた「地元アニメ」としての側面もあるんですよね。

↑古の絵画を思わせる、平面的な描写を巧みに組み合わせた、キルケニーの町の描写。

↑実際のキルケニー。昔の町並みが色濃く残っているようです。

↑アートブックより、キルケニーの森を散策するスタジオの皆さん。まさに作中でロビンが迷い込む森を思わせる美しい緑が広がっていて素敵。

 

○元ネタ伝説?「オッソリーの人狼

『ウルフウォーカー』がインスピレーションを受けたとされる、アイルランドで最も有名な「変身」にまつわる伝説が「オッソリーの人狼」です。

en.wikipedia.org

その伝説では、ある僧侶がオオカミに「死にかけている母に臨終の儀式をしてほしい」と頼み事をされます。オオカミがいうには、自分とその妻はオッソリー(現在のキルケニーが含まれる昔の地名)にずっと住んでいるのだが、7年ごとに動物に変身して生きないといけない呪いにかけられていて…といった話。詳細は省きますが、「眠ると魂がオオカミに変身して抜け出してしまう」という不思議な現象は、実際に土地の伝説として語り継がれてようです。 トム・ムーア監督も子どもの頃にこの奇妙な伝説を耳にして以来、いつか創作のアイディアになるだろうと考えていたそうな。

 

○「護国卿」のモデルはオリバー・クロムウェル

本作の悪役ポジションである「護国卿」は、イギリスの軍人・政治家であるオリバー・クロムウェル[1599~1658]がモデルになっています。ピューリタン革命の指導者として知られる人物で、歴史のある側面から見れば英雄的な存在とも言えるかもしれません。しかし史実では1649年にアイルランドを征服し、1653年には護国卿となって独裁政治を行いました。オオカミや森に象徴される自然は邪魔なものとされ、「近代化」の波がアイルランドに押し寄せます。そうした歴史の影が『ウルフウォーカー』にも色濃く反映されているわけです。

ja.wikipedia.org

クロムウェル感がもっと濃厚な(髪型とか)初期デザインのスケッチ。わりと小悪党(物理的に)という感じですが、完成版になるにつれて大物感がマシマシに。

 

○オオカミは「難民」の象徴かもしれない。

トム・ムーア監督は、『ウルフウォーカー』の晴れやかながらもどこか物悲しいエンディングを指して、「オオカミたちは逃げなければならない。誰でも知っているでしょうが、オオカミは100年後に絶滅してしまいます」と語ります。実際その通りで、アイルランドでは1786年に最後のオオカミが殺されたとされ、それ以来2度とオオカミの姿を見た人はいません。本作のファン的には悲しい事実とも言えますが、だからこそ本作は"歴史改変IF"のような形で「もしも護国卿が敗北していたら」「もしもオオカミたちが殺されず、逃げ延びたら」「自然が"近代化"の波に飲み込まれることがなかったら…」と空想するような、現代に向けた祈りのような形の結末を迎えたのでしょう。

同時にムーア監督は「オオカミたちはrefugees(直訳:難民)である」とも語っています。私は(先述の対談でも語ったように)主にオオカミを「自然」の象徴として読み解いていたんですが、「故郷を追われるマイノリティ」のメタファーとしてオオカミを見る解釈も、難民の境遇への理解や共感がかつてないほど求められている今、凄く重要だよな…とハッとしました。

難民といえば、つい先日公開された傑作アニメ映画『FLEE』を連想します。アフガニスタンからの難民(かつ性的マイノリティ)である主人公に、どこまでも親密な視点で寄り添ってみせる『FLEE』。権力によって故郷の森を破壊され、生き延びようと走るマイノリティたちの運命を描く『ウルフウォーカー』。全く違うように見えて、どこか繋がる点も多い映画だなと思うので、海外アニメ好きはどちらも必見です。

numagasa.hatenablog.com

↑『FLEE』感想記事も書きました。アニメの可能性は無限。

 

オマケ

・アートブックの最後のページには謎のおふざけイラストがいっぱい載ってて楽しい。(ちなみに「Nani?!」は「What!?(何!?)」の日本っぽい言い方として海外の一部で定着しつつあるらしい。アニメでもよく出てくるもんね…。)あと絵柄のインパクトで気づかなかったけど、このメーヴ思いっきり『もののけ姫』じゃねーか!!

おしまい。